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口の中の粘膜細胞を使った体の組織の機能再建

口の中の細胞で口の外の傷を治す2つのプロジェクト これからは口は禍いのもとではなくなる!

Center for mucosa regeneration (口腔解剖学第2講座内)
泉 健次

「口は禍いのもと」など、“口“から始まることわざ・慣用句に感じのよいものは少ないですよね。歯科医師としてこの不満を解消したくて、2つのプロジェクトをご紹介しましょう。
人間の体はお母さんのおなかの中にあった1個の細胞が増えることで、何十兆個にもなった細胞からできていて、ほとんどの細胞が骨、筋肉、皮膚など、専門家の集団となって体の中で役割を果たしています。口の中にも多くの専門集団が存在しますが、今回お話しするのは歯ぐき(口腔粘膜上皮)の細胞です。
この細胞は皮膚や眼瞼結膜(あっかんべーの赤いところ)とはかなり近い親戚です。でも、骨、筋肉や血液とは親戚関係にはありません。(ちなみに皮膚と骨の細胞を親戚関係にする技術でできあがった細胞が、体のあらゆる細胞や組織に成長する力を持つ新型万能細胞(iPS細胞)です。)
人間の大人の体にはすでに“万能細胞”はいませんが、骨、筋肉、皮膚など各々の組織にはごく少数ですが、その“パーツ”を作ることができる(組織再生能力)若くてとても元気な細胞がいることがわかっていて幹(かん)細胞と呼びます。人間の体から取り出した細胞を実験室で増やす技術を培養と言い、プラスチックのシャーレを培養液で満たす方法が一般的です。培養細胞が増えるのは、このごく少数の幹細胞集団が含まれているからです。もちろん口腔粘膜の細胞にも存在していて、私たちの培養技術を使うと人工的に培養口腔粘膜を作ることが簡単にできます。私たちは、手術で歯ぐきを切り取らないといけない患者様から手術前に米粒大の歯ぐきを頂いて、手術までに患者様ご本人の培養口腔粘膜を作り、切り取られた部分に移植して傷を治すという治療を100例以上に行いました。
さて本題です。私たちの培養技術を使うと、皮膚を含め近い親戚にあたる“粘膜“と名のつく組織が、培養○○(粘膜)として再生するのは分っていますが、米粒大でも歯ぐき以外から組織を患者様から頂くのは容易ではありません。お口の中なら頂いても、皮膚と異なり人目が気になる部位ではありませんし、私たちは歯科医師であり日常的に患者様の歯ぐきの取り扱いには慣れております。それならいっそのこと、『からだの”粘膜“にできた手術の傷は、培養口腔粘膜を貼り付けて治してみようよ』、というのが1つめのプロジェクトです。実際、角膜(目)や食道の傷を国内の他施設では培養口腔粘膜で治療しています。
また手術でできる傷は消毒されている“きれいな”傷ですが、足にできる治り難い潰瘍や火傷は“きれいでない”傷であり、時に生命を脅かします。まだ実験段階ではありますが、『この傷を歯ぐきの細胞で治せないか』という試みが2つめのプロジェクトです。まさかと思うかも知れませんが、歯ぐきの細胞はバイ菌を殺す“抗生物質”のような物質を作り口の中をバイ菌の攻撃から守ってくれ、その上歯ぐきの細胞は皮膚の細胞に比べるとたくさん増えてくれるので、細胞が足りなくなる心配もありません。
この2つの利点を生かせることができれば歯医者冥利につきます。私たちは、口は禍いのもとという汚名を返上する「口火を切り」ます。

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シャーレ内で増えている培養口腔粘膜細胞
(透明なシャーレが曇っているのは
くっついた細胞が増えたため)
(左上は細胞を顕微鏡でみたところ)

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移植される培養口腔粘膜
半分より上の青っぽい点が
生きている細胞。