脳小血管病と温故知新

若手研究者コラム「暮らしに寄り添うひらめきのカケラ」

教員コラム 2022.09.02
齋藤理恵 脳研究所 助教

私たちは「縦」「横」「高さ」からなる3次元の世界に生きています。そして、私は神経病理医として、顕微鏡でミクロの世界をのぞきながら脳疾患、特に「脳小血管病」の研究を行っています。私たちが行うことはシンプルで、その第一段階は病気を見える形にして(可視化)、観察することからはじまります。具体的には患者さんの病変部分を採取し、最終的に細胞レベルで観察できるよう数μm(1μmは1mmの千分の一です。)のごく薄い切片を作製します。ある大きさの立体的な病変を、あえて平面に落とし込むことで、微細な構造の観察を可能にしているのです。切片が厚すぎると光が透過せず、真っ黒に映ってしまいます。1600年代に「細胞」の発見がなされて以来続く、伝統の手法です。

こうして観察できるミクロの世界は細胞の中まで詳細に観察でき、多くの情報を得ることができます。その一方で、ミクロの世界に収まらない構造物の観察は難しくなります。その一つが脳小血管網です。ヒトの脳のサイズは、体のサイズに比べて他の動物よりも大きく、神経細胞が存在する脳の表面=皮質の体積も格段に大きくなっています。脳が発達することで、私たちは自分と他人を認識し、言語を操り、月へ行くことも可能になりました。この神経細胞の活動を支えているのが脳の血流です。大きな脳をカバーするために、頭蓋内に入った数本の動脈は、脳表から多数の分岐・吻合を繰り返し、脳深部へ向かって細小化、網目状の血管網を作り上げます。径にして1000μmから数μm(毛細血管)の小さい血管 = 脳小血管が、脳のそれぞれの場所の神経細胞の活動に応じた血流分配を行っています。これが脳小血管の重要な役割なのです。脳小血管が主に障害され、その機能不全がおこる病態を脳小血管病といいます。

さて、脳小血管病は加齢とともに増加し、血管性認知症の主要な原因の一つとなります。血管性認知症の頻度は、アルツハイマー型認知症に次いで多く、病態の解明と予防策が急務です。このため、分子遺伝学的研究は日進月歩で行われ、次々と新しい知見が発見されているものの、根本的な治療法はまだありません。その要因の一つに脳小血管にアプローチする事の難しさが挙げられます。観察そのものが難しいのです。脳小血管網は、脳MRIでは小さすぎて描出できません。そして、通常の光学顕微鏡では、大きすぎてその一断面しか観察できません。これは病気を可視化するために必要な情報:いつ、脳のどこで、どの細胞が、どのようにダメージを受けているか、を得ることの難しさを意味します。これをクリアするためには脳表から深部まで含む大きなサンプルの血管網を、立体的な構造物のまま観察する必要があります。従来の方法では脳の表面から深部まで、連続的に薄い切片を作製し、再構成すればよいのですが、途方もない労力と時間を要し、現実的ではありません。

脳小血管病の病理解析に一石を投じたのが顕微鏡の技術革新でした。光シート顕微鏡という画期的な顕微鏡が発明され、マウスの脳であれば丸ごと一個を数時間で撮影でき、かつ細胞レベルの解像度を両立させた光学的新技術です。2017年、幸運なことに、そんな最先端の顕微鏡が、新潟大学脳研究所に設置されることになり、実際にその技術の素晴らしさを体感できるようになりました。脳小血管網は、期待通りこの顕微鏡のサイズ感にジャストフィット。多くの血管が、脳の実質内を葉脈のように走る様子をはじめて目にした時は感銘を覚えました。そして、ありのままの血管網を観察することができるようになり、ようやくその病理学的本質に迫れるようになりました。血管性認知症に苦しむ患者さんが沢山いる中、この分野は強力な武器を得ました。新しい切り口から病態解明が進み、治療法開発へ役立てられることでしょう。

脳小血管網の3D像:1cm3の高齢者と脳小血管病の剖検脳。動脈の平滑筋を認識する抗体(抗smooth muscle actin抗体)を用いた蛍光免疫染色。血管の蛇行や、平滑筋の脱落の様子(矢印)が詳細に分かる。

光シート顕微鏡(UltraMicroscope BlazeTM)。2021年11月に本学に導入された最新機種。現在、新潟大学脳研究所統合脳機能研究センターには、2台の光シート顕微鏡が稼働している。(撮影協力:システム脳病態学分野田井中研究室・榊祐子さん)

プロフィール

齋藤理恵

脳研究所 助教

医学博士。専門は神経病理学。新潟大学医学部医学科卒業後、虎の門病院で研修医・神経内科医員を経て、新潟大学大学院へ入学。2018年から新潟大学脳研究所助教。2016年、神経病理学会総会学術研究会優秀ポスター賞、2021年、同学会Excellent English oral presentation awardを受賞。神経病理認定/指導医、神経内科専門医/指導医、総合内科専門医。

研究者総覧

※記事の内容、プロフィール等は2022年9月当時のものです。

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