「職人技」を科学するセンシング工学

若手研究者コラム「暮らしに寄り添うひらめきのカケラ」

教員コラム(若手研究者) 2023.03.02
斎藤嘉人 農学部 助教

とある町の豆腐屋での会話。職人Aと職人Bがこんな会話をしています。
職人A「今“寄せた”豆腐、柔らかすぎて絞れないかもしれない。これじゃ木綿豆腐に絞れないよ」
職人B「おおほんとだ。崩しても全然“離水”してこないや。」
職人A「ちょっと“にがり”が少なかったのかもしれない。次のロットでもう10cc増やしてみようか。大豆は同じのを使ってるからタンパク量は変わらないはずだし」
職人B「たぶんそれもあるだろうけど、“凝固温度”がちょっと低かったんじゃない?凝固反応弱い感じする」
職人A「あー、それもありそう。でも、ぱっと見ただけだと、凝固が上手くいってるかどうかわかんないから、勘でやってみるかね」
職人B「俺、勘鈍いから、次のロットは任せたわ(笑)」

以上の会話ですが、実は「職人B」が私で、実際に職人A(父)と交わしたやり取りです。私は家業が豆腐屋で、昔からこんなやり取りを何度もしてきました。
「凝固」「タンパク」「離水」「にがり」「凝固反応」など、いろいろな専門用語が出てきていますが、結局最後は職人の「勘」に頼らないといい豆腐が作れないということです。

この類の話は豆腐に限りません。例えば北海道にあるジャガイモの選果施設でも、ジャガイモの仕分けに特化した職人が肉眼で一つひとつのジャガイモを確認し、病気や割れ、腐敗のあるジャガイモを弾く作業をしています。
職人技術というのは素晴らしく日本の誇るべきものです。しかし一方で、今まさに就労人口が減っている中、職人クオリティで仕事をできる人が今後どれだけ確保できるでしょうか。

少し視野を広げてみると、世界では2040年人口が90億人に達すると予想されており、食料不足や環境汚染の問題が今まさに起こっています。一方、日本に目を向けると、農業に携わる人口は減っている状況です。そんな中、今の農業には、農業生産~加工・流通を「省力化」しながら、できるだけ「人的・環境的に負荷をかけずにロス少なく食料を生産すること」が求められています。これを実現する農業生産のスタイルが、最小の資源投資で最大の収量・品質を得るための「超精密農業」であり、私の研究分野になります。
超精密農業を実現するためには、栽培中の植物や生育環境、農作物や食品の品質を“破壊せずに正確に測る”技術が必要不可欠です。
先ほどの豆腐屋の例でも、「見た目だけでは凝固の度合いがわからない」という課題がありました。そこで、例えば凝固の度合いを知るために、豆腐を“破壊せずに”測ることができたら、にがりの量を増やしたり温度を上げたりといった作業改善ができる、というわけです。

そこで私の研究では、植物や農産物、食品のような複雑体を対象に、主に「光」を使って“非破壊的に”品質を測る研究に取り組んでいます。これまで取り組んできた対象物は、大豆や豆腐に始まり、オリーブオイル、イチゴ、ジャガイモ、茶、柑橘、魚、肉など様々です。 「光」のうち、私たちの目に見えているのは、波長400~700nmのほんの一部にすぎません。私の研究では、目に見えない光、例えば近赤外領域や紫外領域の光もうまく使うことで、農産物や食品の情報を測っています。
生物的・化学的な作用が複雑に絡み合う現象を光で測るのはとても難しいですが、一方で新たな発見をした時の喜びはとても大きく、社会貢献が近いところも魅力に感じています。この研究分野を通し、地域~世界レベルでの課題解決に貢献していく所存です。

本学村松ステーションで栽培しているダイズ。新品種を10年かけて育成した。

豆腐の凝固状態を計測する光学系。上からレーザを入射させ、光の散乱画像を解析することで非接触により凝固状態を判別する。

プロフィール

斎藤嘉人

農学部 助教

博士(農学)。専門はバイオセンシング工学。京都大学農学部、京都大学大学院農学研究科、IT関連企業でのシステムエンジニア、日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て、2022年4月より新潟大学自然科学系(農学部)助教。新潟大学若手教員スイングバイ・プログラム採用教員(2期)。

※記事の内容、プロフィール等は2023年3月時点のものです。

関連リンク

タグ(キーワード)

この記事をシェア

ページの先頭へ戻る