メコン諸国と連携した地域協働・ドミトリー型融合教育

地域創生課題解決能力と融合的視点をもつ理工系グローバル・リーダー人材を育成

特集 2023.03.03

新潟大学工学部が中心となり実施している「メコン諸国と連携した地域協働・ドミトリー型融合教育による理工系人材育成」の取組。この特色ある教育プログラムでは、新潟大学学生とASEAN・メコン地域の大学の学生が、学年縦断・分野横断・多国籍のチームを結成。新潟の企業とメコン地域の現地法人と連携して、国際グループワークインターンシップを行う。プログラムが目指す人材育成と地域企業にもたらす利点について特集する。

地域創生に貢献する理工系グローバル人材を育成

新潟大学は、本州日本海側ライン唯一の政令指定都市に位置する大規模総合大学であり、日本海対岸のアジアを基点に世界に開かれた「知のゲートウエイ」として、世界と協働した知の創造を推進し、国際感覚に満ちたグローバルキャンパスの中で、高度で多様な頭脳循環の場となることを国際連携ビジョンとして掲げている。このビジョンを背景とし、国際交流ネットワークの強化を通じた国内外地域の課題解決や豊かな未来の創生のため、新潟を起点としたグローバル人材育成と大学教育のグローバル展開力の強化に取り組んでいる。
2016年度の文部科学省「大学の世界展開力強化事業(タイプB:ASEAN地域における大学間交流の推進)」において、「メコン諸国と連携した地域協働・ドミトリー型融合教育による理工系人材育成(略称:G-DORM)」が採択された。本事業は新潟の地域企業と連携するインターンシップを活用したグループワーク(GW)教育プログラムで、地域創生課題の発見・解決能力と複合的・融合的視点を備えた理工系グローバル・リーダー人材の育成と輩出を目的としており、2021年度に文部科学省の支援が終了した後も他の競争的資金を獲得しつつ、新規開発の留学プログラムも組み込みながら発展的に継続されている。坪井望 新潟大学副学長(国際交流担当)・工学部教授に聞いた。
「G-DORMの特徴は、本学学生とメコン地域の4大学、王立プノンペン大学(カンボジア)・ラオス国立大学(ラオス)・チュラロンコン大学(タイ)・ハノイ工科大学(ベトナム)の学生グループで学ぶ双方向の実践型教育である点です。学年縦断・分野横断・多国籍の理工系学生チームを結成し、新潟地域の企業に協力いただき国際GWインターンシップに取り組む、多文化共生の国際的なドミトリー型教育です」
ドミトリー型教育とは、工学部が2012年から新しい課題解決型の融合教育として開発してきたGW教育であり、「ドミトリー」は、先輩や後輩が集う「学生寮」のように、学科や学年を越えた少人数のチームを結成し、主体的に研究活動に勤しむ場を意味する。
実践的な研究遂行能力、協調性やリーダーシップ能力の涵養、さらには工学系技術者にとって必要な社会科学的視座を含めて工学を俯瞰する力を育成すること、それがドミトリー型教育の目指すところである。G-DORMでは、地域企業と協働して海外大学生を加えた国内外でのグローバル・ドミトリー型教育に発展させている。

坪井望 新潟大学副学長(国際交流担当)・工学部教授

※1 DDP:ダブル・ディグリー・プログラム ※2 PBL実習:Project Based Learning、課題解決型学習

地域に根差したグローバル・リーダーや理工系の課題解決型人材を育成
社会要請にも対応するプログラム

企業と連携したチームで学ぶインターンシップ

G-DORMのプログラム設計における背景には、メコン地域と新潟地域の企業が抱える課題がある。メコン地域は経済成長の著しさから「世界の成長センター」としての潜在性を有しているが、産業創生・競争力強化、産業集積化、産業高付加価値化など、「質の高い成長」に向けて課題が混在している。一方、事業の国際展開を加速させたい新潟の地域企業にとって、メコン地域は生産拠点やマーケットとして重要であり、現地の発展に有用な知見を提供できるものの、グローバル人材の不足が課題となっている。また、メコン地域のトップクラスの4大学では多分野にわたって本学に対する留学ニーズとドミトリー型教育に対する理解と興味があったという。
「G-DORMは、メコン地域・新潟地域それぞれの課題を解決し発展するための交流プログラムです。本学のドミトリー型教育と新潟地域企業との協働、メコン地域との連携を組み合わせた内容となっています。また、地域に根ざしたグローバル・リーダーや、理工系の課題解決型人材の育成という社会要請にも対応しています」と、馬場暁 工学部副学部長(国際・研究担当)・教授が話す。
さらに、メコン諸国においては、各国の課題解決に対応する知見だけでなく、それらを連結的に理解することで、産業の創生・成長・高度化・国際化プロセスに対する知見を深めることも可能になる。多様な状況に貢献する能力養成が意図されている点も注目するべきポイントだ。

タイの企業でインターンシップに参加した新潟大学学生と現地学生、現地企業スタッフ
燕エリア企業と協働した短期受入プログラムのグループ活動報告会

(左)馬場暁 工学部副学部長(国際・研究担当)・工学部教授
(右)上田和孝 工学部准教授(G-DORMプログラムマネージャー)

国ごとに異なる課題を地域協働の視点で理解する

G-DORMでは、新潟大学とメコン地域4大学の学生で、学年縦断・分野横断・多国籍チームを結成し、GWに取り組む。新潟地域の企業とメコン地域の日系企業(主に新潟地域関連企業)と協働した国際GWインターンシップが必修になっているのが特徴だ。企業活動の国際的役割や国際展開のための課題の発見・分析・解決などを学ぶことに加えて、国際社会との実践的な接点も理解できる。インターンシップが実施される国の学生がホストになり、彼らもグループに参加する。英語によるGW討論や成果報告会、質疑応答、報告書の提出などが課される。2016〜2019年度は渡航・対面型で、コロナ禍となった2020〜2021年度はオンライン型で実施された。事業が展開された6年間でプログラム参加学生は延べ394名、約40の賛同企業があった。G-DORMプログラムマネージャーの上田和孝 工学部准教授に聞いた。
「国際GWインターンシップは、現場技術研修型の『国際テクノロジーGWインターンシップ』と、現地市場調査型の『国際マーケットGWインターンシップ』の2種を準備しており、いずれも国内・海外ともに実施しています。例えば、新潟地域が受け入れ側となり、燕市内の金属加工企業の実態と技術について研修する国際テクノロジーGWインターンシップを実施したり、メコン地域に学生を派遣し、三条市内の企業が目指す市場・社会の特性・動向を調査し、提案する国際マーケットGWインターンシップを実施したりしています。GWのテーマは、交通・物流などの社会インフラ整備、裾野産業の拡充、材料・部品・製品等の高付加価値化、製造現場の生産管理・品質管理やIT化など多岐にわたり、これらの課題解決提案に新潟地域企業(メコン地域の現地法人を含む)の協力を得て取り組みます。国によって異なる課題やニーズを地域協働の視点から理解するとともに、異なる社会環境を実体験することで、多様な文化背景を受容し、他者との協働により課題解決できる能力の涵養を図ります」
プログラムに参加するメコン地域の学生は、意欲的で優秀だ。新潟大学の日本人学生は、海外の学生と協働する中で、言葉の壁や文化の違い、彼らの意識の高さに少なからず戸惑う。自分の意見をしっかり伝え自律的に行動しなければ、物事が進まないことを体感する。また、プログラムを通じ、新潟地域企業や日本の世界における立ち位置を認識することができる。これらの経験は、新潟大学の学生にとって非常に有益なものだ。

ディスカッションする新潟大学とメコン地域大学の学生(短期受入プログラム)
ベトナム短期派遣プログラムでの現地企業の工場見学

文化背景が異なる学生が協働するプログラムを通して企業が新しい視点を得る可能性も

企業から評価採用される学生の提案

国際GWインターンシップを通して、学生チームからの提案が企業に採用された事例も報告されている。
メコン地域企業の生産管理現場で学んだグループでは、工場の生産性が数値化されていない点を指摘し、本学の学生が数値化のための入力シートを作成して企業に提出しました。その導入により生産効率が上がったという成果も出たそうです。また、燕市の企業で学んだメコン地域の学生は、電話やファックスを使ったアナログな連絡体制を見て、クラウドシステムで連絡をスムーズにする方法をプレゼンしました。燕市では現在、この提案をベースにした共同クラウドシステムの運用が実現しています。G-DORMを通して、学生の発想に触れた企業経営者の中には、新たな価値創出につながるアイデアや情報の取得につながると評価してくださる方が多くいらっしゃいます。若い人材や文化背景の異なる人材との交流を、自社スタッフの教育に活用している企業もあるようです。多様な考えを受け入れ、他者と協働する力の醸成は企業人にとっても重要なのだと思います」
プログラムは学外からの評価も高い。特に公益社団法人つばめいとと連携して実施した短期受入の国際GWインターンシップは、学生の社会的・職業的自立に貢献したインターンシッププログラムを表彰する日本最大級のアワードである、第3回「学生が選ぶインターンシップアワード」で優秀賞を受賞している。

燕エリア企業での短期受入プログラム。学生は調理用品部門のアジア展開戦略を提案

ポストコロナではハイブリッド型で効果を高める

コロナ禍で海外渡航ができなくなった2020年度以降は、企業訪問やステークホルダーとの対面が困難になった。その結果、G-DORMでは国際オンライン協働学習の手法を用いた新たなプログラムが開発された。不可能になった対面の代替案」ではなく、積極的にオンラインの利点を取り入れた内容になっている点が特徴だ。馬場副学部長に聞いた。
「G-DORMのプログラムは特性上、様々なステークホルダーとの交渉や調整が必要になります。オンラインを利用することで、彼らと非常に簡単につながれることは、生かすべき利点の一つでした。また、オンラインでのコミュニケーションは、対面とは異なるスキルが必要になると認識を新たにした学生も多かったと思います。オンラインでの対話は国際ビジネスの現場では既に標準的なものになっています。その必要性を身をもって理解したはずです。また、オンライン以外の時間を有効に使い、いかに準備するべきなのかという点にもスポットが当たったように思います。ポストコロナの時代の教育は、対面とオンラインそれぞれの限界を補う形で発展し、ハイブリッド型として組み合わせて多様化させることにより効果を大きくするように考えなければなりません。今後、本学として重点的に取り組む必要のある課題です」

王立プノンペン大学と新潟大学とのオンラインGW

国際教育は多様な学びを体系的に提示するステージに
それは大学のミッションに合致

グローバル対応力に係る思考機会を多様な科目で拡充

新潟大学では、教育に係る取組として、新潟の豊かなフィールドの特長を活かし、地域社会の活性化を国際的視点で担うグローバル対応力を養成するため、国際教育プログラムの多様化と体系化を推進している。これに呼応するG-DORMの国際GWインターンシッププログラムには、ポストコロナの時代における国際教育と社会貢献活動における大学のあるべき姿を内包しているように見える。再び、坪井副学長に聞いた。
「G-DORMのような国際教育プログラムを実施するためには、国内外の様々な関係者と調整をしなければなりません。それを担ったのは工学部の教員です。大学は専門分野だけを研究し教えるというスタンスではなく、専門的な素養をベースにしつつ、様々なステークホルダーを巻き込み、学生と企業と大学にとって得るものが多くなるように教育をコーディネートしていくスキルを身につけなければなりません」
また、大学における国際教育とは語学を学ばせ、留学を促すというステージに留まるものではないと続ける。
「本学では学部に入学すると1年次に必修で語学教育があります。しかし、あくまで語学は国際教育の一部です。語学スキルを使って文化背景が異なる人たちを理解しながら己を見つめ直し、グローバルな新しい価値観の創造に能動的に取り組む人材育成が求められています。本学では、多文化共生やSDGs等の国際的トピックスを題材とする授業、学内での対面による多国籍学生との共修授業、国境を越えたオンラインによる授業や留学、渡航型の短期さらに中期・長期の留学などの様々な国際的な学びの場を科目として拡充して提供しています。また、海外からの優秀な学生の獲得にも取り組んでいます。現代の国際教育は、多様なグローバル力の向上機会を科目として体系的に学生に提示し、組み合わせて活用してもらうステージになっているのです。それを新潟の地域性を背景として整備していくことがミッションであり、そのフラッグシップの一つがG-DORMなのです」
新たに、2022年度文部科学省「大学の世界展開力強化事業(インド太平洋地域等との大学間交流形成支援)」において、「インド太平洋地域の『仮想フィールド』を利活用したハイブリッド型フィールド科学人材育成プログラム」が採択された。G-DORMと同様に、地域と世界を結ぶ人材育成プログラムとして期待される。いろいろな海外の大学や国内外の企業との連携は国際共同研究にもつながる。国際的でありながら地域を意識した教育・研究の充実と成果の還元が、グローバル・地域中核人材の輩出と、地域社会の国際的な交流拠点の機能強化を活性化する。質の高い国際的な頭脳循環を通して、多様性・公正性・包摂性を伴った多文化共生社会の実現のみならず、グローバルな社会課題の解決や持続可能な産業の創出に貢献することは新潟大学の使命に合致する。

G-DORM協力企業から

燕市の企業に新しく複眼的な視点を提供してくれる

つばめ産学協創スクエア 公益社団法人つばめいと事務局長
(新潟大学工学部助教)
若林悦子さん

つばめ産学協創スクエアは、新潟県燕市でインターンシップの受入プログラムのコーディネートや学生の宿泊施設の運営管理を行っています。燕市は中小企業が多い土地です。燕市のインターンシップでは、学生にできるだけ企業トップの考えに触れ、一部署でなく企業全体の大きな視点で社会との接点や将来ビジョンを見てもらい、企業や社会にどう貢献できるか考えられる機会になるようにしています。企業側は、将来に向けた人材確保、若手社員の育成、新商品のヒントなどを得ています。企業がどのように見られているかを認識したり、福利厚生を見直すきっかけにもなっているようです。興味関心が多岐に渡る大学生は視野が広く、企業にとって新しく複眼的な視点を提供してくれます。また、外国人採用のハードルを下げることも期待されます。外国人学生や留学生を採用できれば、企業の海外展開力につながるはずです。かつて懸念された言葉の壁は過去のものになりつつあるように感じます。G-DORMを通して燕市の企業が学ぶことは今後ますます増えると考えています。

若林事務局長

公益社団法人つばめいとと連携して取り組む国際GWインターンシップが第3回「学生が選ぶインターンシップアワード」で優秀賞受賞

G-DORMに参加して得たもの

「やってみればできる」という度胸につながった

農学部応用生命科学プログラム3年
竹下嘉音さん

1年次にG-DORMオンラインプログラムに参加し、あらゆることへ挑戦する度胸が身につきました。留学生や企業の方との議論を重ね、一つの成果を生み出す過程で、英語でのコミュニケーション、チームで進める上での責任感、企業の方とやりとりする上での基本的な気遣いやマナー、論理的な考え方を学びました。たくさん失敗し、考え、実践することを繰り返したことで自信がつき、「やってみればできる」という度胸につながったと考えています。これらの経験が日常的な留学生との交流や、グローバル企業のインターンシップに挑戦することにつながりました。今春には、G-DORM中期派遣プログラムでベトナムへの派遣が決まりました。着実に実践的に、国際人材としてのステップアップにつながっていることを実感しています。

オンラインプログラム最終成果発表会後の写真(手にしているのは参加証)。本人は一番左

最大限の工夫をし、目標を達成する

大学院自然科学研究科環境科学専攻社会基盤・建築学コース(社会基盤系)博士前期課程1年
宮下雄成さん

2018年に参加した短期受入プログラムで得た「難易度が高いことに果敢に挑戦し、自分ができる最大限の工夫をもって結果を出す」という学びは、私の大学生活に一番の影響を与えています。プログラム初日は英語での議論に全く参加できませんでしたが、「次の議論までに自分の意見と理由を考え、スライドにまとめる」という工夫によって、結果的に自分の意見や考えた案を軸に話し合いが進むようになり、知識や経験がなくても工夫次第で目標は達成できることに気づきました。その後は難易度が高いことでも「やりたい!」と思ったことに果敢に挑戦するようになり、シドニーで開催された国際学会での研究の口頭発表やピアノコンクール入賞等の誇れる出来事につなげることができました。

宮下さん

修士学生として日本で学ぶという夢が実現

大学院自然科学研究科材料生産システム専攻素材生産科学コース博士前期課程1年
PHON Vuochkeangさん(カンボジア・王立プノンペン大学出身)

私は2018年のG-DORM短期受入プログラムに参加し、たくさんの知識と経験を得ました。多様な国の学生との協働を通してチームワークやリーダーシップ、英語コミュニケーション力が向上しました。また、現場実習を通じた企業の技術と課題解決に関する学びも重要な糧となりました。G-DORMの経験は、その後の学業やキャリアに多大な影響を与えています。何事にも自信を持って挑戦する姿勢が身につき、帰国後は積極的にインターンシップに参加、卒業後には国際NGOで働く機会も得ました。現在は、新潟大学修士学生として日本で学ぶという夢が実現しています。G-DORMは、留学生が日本で学ぶ夢をつかみ、能力を向上させるための素晴らしい機会を常に提供しているプログラムです。

受入プログラムの参加証授与時の写真・工学部長(当時)とグループメンバーと。本人は左から2人目

※記事の内容、プロフィール等は2023年1月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第43号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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