“望む色”の光を示す新たな蛍光体セラミックスの合成

教員コラム(若手研究者) 2023.11.02
渡邉美寿貴 工学部 助教

「白色LED照明って冷たい感じがする…」

そう感じたことのある方がいるのではないでしょうか。1990年代後半に白色LED照明が上市された当初はこのような感想が多かったようです。

約30年後の現在、白色LED照明は照明器具の50%を占めるまでに普及しました。白色LEDに関する研究・開発は、2014年にノーベル物理学賞を受賞した青色LEDが開発されたことにより飛躍的に進みました。それまで使用されていた蛍光灯と比べて発光寿命や発光効率が高く、省エネルギーな照明器具を実現できることから大きな注目を集めました。しかしながら、冒頭の感想のように、“光の質”の改善は依然として課題となっています。さらに、照明が提供する価値についての期待が高まり、健康や安全、快適性、利便性などに配慮した高付加価値な白色LED照明が求められています。

「白色LEDにどうやって付加価値をつけるのか」が重要になってきますが、そもそも白色LED照明の中で光っているものは何でしょうか?それは“蛍光体”と呼ばれるセラミックスです。蛍光体とは、ルミネセンスを示す物質です。ルミネセンスとは、紫外線やX線など外部からのエネルギーを吸収し、ある波長の光(主に400-700 nmの波長をもつ可視光)として放出する発光現象のことを指します。通常蛍光体は粉末や薄膜の形でもちいられます。ちなみに、蛍光体(Phosphor)はギリシャ神話の暁の明星(金星)の擬人化であり、「光をもたらすもの」という意味があり、キリスト教における天使のルシファー(Lucifer)に相当します。この蛍光体が吸収するエネルギーや放出する光の色などの特性をコントロールして“望ましい色”の発光を示す材料を作製します。

照明にもちいられる蛍光体は主にセラミックスの結晶です。結晶はその物質を構成する原子や分子がある一定の規則に従って空間的に並んでいる物質です。結晶中に発色源となる元素(通常陽イオン)を数%入れることで発光を示します。通常、発光特性は発色源となる元素によって決まり、大きく色を変化させるのは困難です。そこで私は発色源となる元素の周囲にある陰イオンの配置をコントロールすることで、白色LEDに“あたたかみ”を与えることができる赤色発光を示す蛍光体や、植物の育成に有効な深い赤色発光を示す蛍光体などを作ることに成功してきました。実験結果や計算化学をもちいて、“望む色”を実現するためには、母体となる結晶や発色源となるイオンをどのように組み合わせ、どのように設計したら良いのかを考え、実際に合成できる手法を見出すのが私の研究テーマの一つです。

近年は、人間の目に見えない800 nm以降の波長をもつ近赤外発光を示す新規蛍光体について研究しています。近赤外発光蛍光体は植物育成用や暗視カメラなどの照明用途に限らず、生体内で細菌・ウイルスや異常部位と結合することで発光し、その位置を特定するためバイオマーカーや農業分野における糖度分析が可能な近赤外分光法などへの応用も期待されています。新潟大学における異分野融合研究として、桃などの渋味を非破壊的に検査できる近赤外分光法を確立するための蛍光体の探索にも着手しました。

蛍光体以外の材料の進歩によって、それまで注目されていなかった蛍光体が突如として脚光を浴びる瞬間は非常にドラマティックです。青色LEDが開発されるまで誰も気に留めていなかった蛍光体が産業的にも学術的にも重要な材料となっていたり、近赤外発光検出器の進化により、学術的な報告にとどまっていた近赤外発光を示す蛍光体が実用化を見据えた材料となっていたりします。“望む色”は状況によって目まぐるしく変化しています。今後も広い分野の動向を鑑み、絶えずニーズに応えられるよう材料設計や新規材料を提案していきたいです。

 

白色LEDの構成(左図)と発光スペクトル(右図)および問題点。青色LEDの光と黄色蛍光体の光を混ぜて白色を再現している。発光スペクトルから、赤色発光の強度が低いことがわかる。このため、「白色LEDは冷たく」感じる。

合成した新規近赤外蛍光体の発光スペクトル(左図)と近赤外蛍光体をイオン交換水に分散させた溶液の各照明下における様子(右図、白色LED照明下(図中左)と近赤外光(NIR)照射下(図中中央)。比較のため、NIR照射下のイオン交換水をのせた(図中右))。合成した試料が近赤外光を吸収して近赤外発光を示していることがわかった。発光スペクトルにはバイオマーカーとして実用化されているインドシアニングリーンと呼ばれる近赤外蛍光色素を比較として載せた。

プロフィール

渡邉美寿貴

工学部 助教

博士(工学)。専門は無機材料化学。新潟大学大学院博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)、CREST博士研究員、中央大学理工学部応用化学科助教を経て、2021年4月より新潟大学自然科学系(工学部)助教。新潟大学若手教員スイングバイ・プログラム採用教員(1期)。

研究者総覧

※記事の内容、プロフィール等は2023年11月時点のものです。

関連リンク

タグ(キーワード)

この記事をシェア

ページの先頭へ戻る