<大学生の能力>はどのように可視化できるのか
-その評価で示された結果は本当に妥当?-
漫画家鳥山明氏のドラゴンボールという作品で、スカウターという装置が登場します。片眼鏡に似た形をしていて、半透明のスクリーンに生体の戦闘力が数値化して表示されます。大学教員や企業の採用担当者がスカウターを用いて、<大学生の能力>を数値化して、成績や選抜に使えたらどんなに楽でしょうか。しかしそんな簡単にはいきません。なぜなら、物理的に測定可能な身長、体重などとは異なり、能力というのは物理的な意味では実体のない、見えないものだからです。このようなものを構成概念(人の行動や特性を説明するために、人為的に構成された概念のこと)と呼びます。このような構成概念を使って人を判断することは日常的にもよくあります。「あの人は問題解決能力が高い」「あなたは読解力がずば抜けている」「私は集中力が続かない」などと言ったりします。これらはすべて、構成概念を用いて人を価値づけたり、判断したりしている事例です。
スカウターで<大学生の能力>を測れるか?
人の<能力>という構成概念を、どのようにしたら、高い~低いや、優れている~発展途上である、などのように評価したり、◯点のように数値化(測定)したりすることができるのでしょうか。そもそも、能力ってなんなのでしょうか。私が思う「問題解決能力」と、他の人が思う「問題解決能力」は、意味するところ(定義)が全く異なるかもしれません。そのようなことを真面目に議論するのが、教育評価論や教育測定論という学問領域です。
大学教育においては、教育政策的な後押しもあり、大学生が大学の教育プログラムを経てどのような能力をどの程度身につけたのか、すなわち学習成果を評価することが強く求められています。その評価データを用いて、教育の効果を検証したり、改善を進めたりすることが目的です。そこで多くの大学やその大学の教育プログラムでは、<大学生の能力>を評価するためのテストや調査を行ってきました。さまざまな評価方法をまとめたものを以下の図に示します。詳細に解説すると長くなってしまうので、いろいろな評価があるということだけ読み取っていただければ十分です。
学習成果の評価の多様性
出典:松下佳代(2016)「アクティブラーニングをどう評価するか」松下佳代・石井英真(編)『アクティブラーニングの評価』東信堂、 p.18をもとに作成
多用されている方法は、学生対象に質問紙調査(アンケート)を行って、「◯◯に関する知識やスキルはどの程度身についていますか」と質問して、何段階かで回答してもらい、その得点を用いるというものです。しかし、このような方法で得られた評価データと、教員が丹念に評価課題を設定して行った評価データとでは、ほとんど関連が見られず、整合性が得られない場合があることを、実証的なデータを統計学的に分析することで明らかにしました(斎藤、2019)。つまり、アンケートで学生が「できると思っている」と答えたことは、「実際にできる」にすり替えてしまってはいけないということです。
また教育関連企業の開発したテストも多くの大学で用いられています。テストというと、それだけで客観的で、もっともらしい評価をしているような印象を受けるかもしれません。しかし、そのようなテストで得られた評価データは、当該教育プログラムで目指している目標を捉えていないばかりか、本来教育の目的にするべきではない学生の特性に対して、高い~低いなどの価値判断をしてしまう危険性を、こちらも実証的なデータを統計学的に分析することで明らかにしました(平山・斎藤・松下、2020)。教育関連企業の開発したテストばかりに頼って単純に教育の効果を議論することはできないということです。
このように私は研究において、大学生の能力を評価するために用いられている多様な学習成果の評価方法を取り上げ、それらの評価方法が、ターゲットとしている能力を本当に妥当に評価したり測定したりすることができているのかを、主に統計学的な手法を用いて検討してきました。そのうえで、特定の評価方法がどのような能力の評価・測定に向いているのか、向いていないのか、どのように複数の評価方法を組み合わせたらよいのか、さらにそれらの評価情報から教育上有益な知見を明らかにする研究を、これからも発展させて行きたいと考えています。
文献:
斎藤有吾(2019)『大学教育における高次の統合的な能力の評価: 量的 vs. 質的、直接 vs. 間接の二項対立を超えて』東信堂
平山朋子・斎藤有吾・松下佳代(2020)「医療系分野における汎用的能力の評価方法の検討」『大学教育学会誌』 42(1), 105-114.
プロフィール
斎藤有吾
博士(教育学)。新潟大学教育基盤機構教学マネジメント部門准教授。専門は大学教育学、教育評価論、教育測定論。山口大学大学教育センター助教(特命)、京都大学高等教育研究開発推進センター特定助教、藍野大学理学療法学科助教、新潟大学経営戦略本部教育戦略統括室准教授等を経て2022年10月より現職。
※記事の内容、プロフィール等は2024年10月時点のものです。