伝統産業のダイナミック・ケイパビリティ-伝統保持と革新から紐解く日本酒産業-

事業を取り巻く環境変化が著しい日本酒産業 伝統を失うことなく革新できるか

研究(連載) 2023.04.24
岸保行 経済科学部・准教授/日本酒学センター・副センター長

経済・社会情勢により激変する日本酒業界

新潟県は言わずと知れた日本酒の銘醸地。
日本で最も多くの酒蔵があり、多様な日本酒が造られている。
岸保行准教授は、近年の日本酒業界を取り巻く3つの大きな環境変化、「国内需要の減衰」「海外需要の拡大」「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」に焦点を当て、日本酒業界を分析する。

「日本酒の国内消費量は1973年から減っています。一方で海外への輸出は伸び続けています。また、酒造業界内においては、季節労働者である蔵人と、その長の杜氏により酒を造る伝統的な杜氏制度から、社内杜氏制度に移行してきました。より市場で売れる付加価値の高い酒造りに比重が置かれるようになっています。さらに、コロナ禍で日本酒のレストラン需要が減り、小売りに比重がシフトしたことにより販売チャネルの再編が起こりました。製造規模は小さいが品質の高い酒造りをする酒蔵の日本酒が、スーパーなど大型量販店でも扱われるようになってきたのです」

注目すべきは日本酒業界周辺のネットワーク

このように、経済・社会情勢などからの影響を受け、事業を取り巻く環境の変化が著しい中で、日本酒産業は伝統を失うことなく革新することはできるのだろうか。
岸准教授は、従来は主に多国籍企業の分析に用いられてきたダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)という概念を用いてこの問いに迫る。

「日本酒業界を、状況把握で機会を感知するセンシング(sensing)、機会を捉えるシージング(seizing)、変革するトランスフォーミング(transforming)という枠組みで考えます。海外進出の機会をつかみ、輸出を強化する組織を作っていけるかが酒蔵の課題です。また最近は、日本酒を取り巻く環境の変化に対応するため、各酒蔵による様々なネットワークづくりが推進されています。私はそのネットワークを分析の視点とし、中小企業が大勢を占める日本酒業界に対し、ダイナミック・ケイパビリティの概念を拡張的に適用して研究を行っています。特に小規模酒蔵の取組が興味深く、消費者と直接オンラインでつながりファンコミュニティを形成したり、他業種連携だけでなく、情報交換や合同イベントを行う同業者連携も活性化しています」

農業・工業・文化――3要素が融合し日本酒の付加価値になる

一方で伝統を守るという点も日本酒業界の大きな課題だ。
岸准教授は、近年、酒蔵が「生酛(きもと)造り」「山廃仕込み」「木桶造り」といった伝統的な製造方法を積極的に採用している点に注目する。
これは伝統への回帰であり、同時に付加価値の高い日本酒造りのための取組だという。

「日本酒は気候や風土により出来が左右されるコメを原料に持つ農業的な製品である一方、同時に杜氏が複雑な発酵過程をコントロールしながら製品の品質を作り込んでいくという工業的な世界観も同時に持っています。さらに文化・伝統的な側面もあります。この3つの世界観が融合しながら、製品に付加価値をつけている点が、経済的観点からすると非常に興味深いのです。このような世界観は日本酒にしかありません。日本酒ハイボールやノンアルコール日本酒が登場し、ペアリングなど飲み方も多様化しています。また、日本酒が海外の方に飲まれるようになり、昔より海外の意見が入ってくるようになりました。海外の消費者の声に耳を傾けることで、日本酒を考え直すきっかけになりえます。日本酒はワインが持つマリアージュやテロワールなど、外の文化を取り入れる段階にあります。日本酒が従来からもつ日本酒の世界観を深化させることを忘れずに、外の文化を取り入れながら、日本酒がこれまで蓄積してきた資源や能力を深化させていくことで、日本酒の独自の新しい世界を刷新していくことが可能となるのです」

「学ぶ」という言葉の語源は「真似る」という説があるように、イノベーションは既存のものの新結合から生まれると岸准教授は続ける。今後は、既に先行しているワインはもちろん、同じ穀物を原料とするビールや、今日、世界的に注目されているウイスキーやジンからも日本酒はたくさんのことを学ぶことができるのかもしれないと指摘する。

多様なアクターと連携しながら過去を学び、外の文化と交流しながら新しい世界観を創り上げていく日本酒産業のこれからの歩みに注目したい。

米国ミネアポリスのMoto-i Ramen and Sake Houseで提供されるSakeの飲み比べセット(12US$ ※調査当時)

社会人を対象にした日本酒学の紹介と研究成果の発表セミナー

プロフィール

岸保行

経済科学部・准教授/日本酒学センター・副センター長

博士(学術)。経営学と社会学が交差する領域を専門にする。現在は酒蔵の海外展開と国内市場への影響、組織行動とイノベーションを研究。

研究者総覧

素顔

日本酒学(Sakeology)という新しい学問分野の確立に向け、文理融合/領域横断型の世界初・新潟大学発の地域資源に根差した新しい研究・教育センターを創り上げる取組を進める岸准教授。
新潟大学を日本酒学の世界的な知の拠点とし、世界中からSake愛好家やSakeの事業に関わる人々が学び集うSakeologyの聖地とすることを目指す。
2022年には日本酒学のコンセプトに基づくテキストブック『日本酒学講義』を刊行した。

※記事の内容、プロフィール等は2023年4月時点のものです。

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