活力ある大学組織の構築と社会から求められる人材育成

特集 2023.06.28

活力溢れる組織を築いていくためのリーダーシップやガバナンスのあり方、ステークホルダーといかに関係を築いていくか。社会が求める人材や新潟大学への期待も題材に、三井住友トラスト・ホールディングス株式会社の大久保哲夫取締役会長と新潟大学の牛木辰男学長が対談する。
対談実施日:2023年2月9日(木)
場所:新潟大学五十嵐キャンパス事務局棟3階学長応接室

三井住友トラスト・ホールディングス取締役会長
大久保哲夫様

1956年新潟県直江津市(現・上越市)生まれ。1980年、東京大学法学部卒業。同年、住友信託銀行株式会社(現・三井住友信託銀行)入社。同社では副社長など、三井住友トラスト・ホールディングス株式会社では取締役執行役社長などを歴任。現在は三井住友トラスト・ホールディングス株式会社取締役会長及び三井住友信託銀行株式会社取締役。

新潟大学学長
牛木辰男

ライフ・イノベーション将来ビジョンを契機に生まれる議論

牛木学長 大久保さんは新潟県の生まれとお聞きしました。上越市の直江津だそうですね。

大久保様 はい。直江津で生まれて、父の仕事の関係で小学6年生の年に東京に引っ越しました。

牛木学長 私は糸魚川市の出身で高校は上越市にある高田高校に進学しました。本日は新潟にご縁がある大久保さんにお話を伺いたくお越しいただきました。さて、国立大学は2004年の法人化後、6年ごとに定められる中期目標・中期計画に沿って業務運営を行ってきました。新潟大学でもこれまで、その達成のために着実に各種事業や取組を実施してきたところです。一方で中期目標・中期計画の枠組みにとらわれないものとして、SDGsの達成期限でもある2030年を直近の未来と見据え、大学が果たすべき使命を明確にし、新潟大学のあるべき姿を示した「新潟大学将来ビジョン2030」を策定し、2021年に公表しました。そして、「未来のライフ・イノベーションのフロントランナーとなる」ことをミッションとして定めました。地球に生きる人類の営みを豊かにするために、総合大学である新潟大学の知を結集しようという意味です。

大久保様 「ライフ・イノベーション」という言葉が印象的です。

牛木学長 学部や大学院などの垣根を超え、新潟大学全体を貫く共通のテーマは、「人間」に関わることです。「ライフ・イノベーション」とは、人間が豊かに生きていくために有効なすべての技術革新ということになります。医療・健康・福祉分野に留まらず、21世紀を生きる私たちの生命、人生、生き方、社会の在り方、環境との関わりと、それらの土台となる地球や自然についての新たな価値と意味を生み出すための革新を「ライフ・イノベーション」と定義しました。このような意味を踏まえ、新潟大学は21世紀に生きる人類を導いていけるような価値を提供し続けていくことを使命としています。アメリカ合衆国第34代大統領のアイゼンハワーが語った、“Plans are worthless, but planning is everything”という言葉があります。「計画それ自体に価値はないが、立案はすべてに勝る」という意味です。出来上がった計画は時代の変化や対応を迫られた課題を前に無意味になる場合もありますが、何らかの目標を想定して行われた立案の過程は必ず役に立つというものです。このようなミッションやビジョンは作ったきり神棚に載せて終わりでなく、「プランニングを続ける」ために、これを題材にした対話を通じて思考や議論が派生していき、多様な意見や知が集積される契機にならなければと思います。本日、大久保会長にこのような機会を設けていただき、新潟大学将来ビジョンのご意見を伺うことができることを大変嬉しく思います。

国立大学法人として経営の透明性と明確な経営戦略が必要

経営の透明性が社会での存在感を高める

牛木学長 新潟大学将来ビジョンの1つ「経営・組織改革ビジョン」では、強靭なガバナンス体制構築を目指すことを定めています。「活力溢れる大学組織の構築」に向けて、どのような点に留意していくことが肝要か、ご助言いただけると幸いです。

大久保様 国立大学法人としての経営の透明性と明確な経営戦略が必要なのではと思います。企業経営にも共通するテーマとして、学内外に経営の透明性を高めることによって新潟大学自体の社会における存在感が高まります。また、積極的に学外からの意見をオープンに取り入れる仕組みを作ることによって学内の組織の活性化、ダイバーシティに結びつけることが期待できるのではないでしょうか。また、トップ・リーダーである学長の考え方や、新潟大学が目指す方向の積極的な対外発信も重要だと思います。ステークホルダーのコアとなる学生や将来の学生となる高校生、産業界や県政に対して、将来ビジョンや明確な経営戦略を含む経営トップの考え方を継続して発信・共有するツールがあってもよいかもしれません。

多様な資金調達方法により財政基盤の強化を図る

牛木学長 国からの運営費交付金が減っている近年の大学経営においては外部資金の獲得が大きな課題で、新潟大学でも共同研究、遺贈を含む様々なアプローチに取り組んでいます。多様なステークホルダーとのエンゲージメントを通じた信頼関係の構築が重要と思われます。何のために寄附金を集めているのかを明確にし、社会とのつながりや社会への還元に結び付くよう事業を展開していかねばなりません。その中でも遺贈は大学をご支援いただく方々のお気持ちに対する新しい受け皿であると考えています。新潟大学の卒業生や関係者はもちろん、必ずしもそのような方々でなくても多様なステークホルダーを新潟大学で受け止められるような仕組みづくりのために、今回、三井住友信託銀行さんとリレーションを組ませていただきました。遺贈を希望される方から新潟大学に相談があった場合、具体的な相談先として三井住友信託銀行さんをご紹介することが可能になりました。

大久保様 国内の少子高齢化は後半にさしかかっています。日本では1年間で約150万人の方が亡くなられていて、この30年間くらいを見た調査結果では、相続で動く個人の金融資産は650兆円あると言われています。

牛木学長 大変な金額ですね。

大久保様 はい。そこで問題になっているのが、その資産の動きです。例えば、地方に住む親御さんが都市圏のお子さんに相続されると、金融資産が都市圏に出ていくという現象が起こります。地方における人口減少と同様に、資産の流出も国全体のアンバランスさを助長しているのです。その一方で、今から10年ほど前の統計では、「資産を子どもに残したい」方は全体の2/3ほどの方がいました。ところが、ここ1、2年はその数が半分以下になっているというデータがあります。逆に増えているのは「資産は自分が生きてきた証。社会貢献に役立てたい」という方々です。そのような想いが込められた遺贈の受け皿を選ぶ際に、銀行にご相談いただきたいのです。寄附は各地域の発展や経済活動にとって有効な形で役立てられます。新潟大学の場合は、人材育成、研究開発、社会貢献などに有効に活用されます。そのような新しい経済の動きのある地域には人が集まってきます。そして中長期的には地方に新たな循環を作っていくことが必要だと思います。また、三井住友トラスト・ホールディングスでは各地域の大学や地方公共団体、地元の中央銀行と連携しながらスタートアップ企業や新しい産業への支援を行っています。資金面だけでなく、弊社が蓄積してきた起業や上場などの様々なノウハウや、バランスの良い形での資金循環の取組などもお伝えしています。

牛木学長 新潟大学にも、県内のアントレプレナーシップに係る取組の取りまとめを担当している教員がいます。また、新潟大学医歯学総合病院には法人向けの会員制コワーキングスペース「Innovation Design Atelier(I-DeA)」を開設しました。医師・看護師等の医療職や新潟大学教職員、様々な業種の企業や他大学、自治体等が集い、新たな価値を創造するオープンイノベーションの場であり、企業マッチングを創出する場でもあります。さらに、五十嵐キャンパスでは、異分野融合によるビッグデータ利活用を推進する新潟大学の研究拠点として、ビッグデータアクティベーション研究センターが設置されています。

大久保様 多くの分野をカバーしている総合大学だからこその取組だと思います。

 

法人向け会員制コワーキングスペース「Innovation Design Atelier(I-DeA)」

大学とは出会う場所であり語る場所である

産業界が大学に期待する人材育成

大久保様 新潟大学では海外からの留学生を積極的に受け入れていますね。企業は外国人人材の採用に積極的ですが、特に日本語の素養のある外国人は大歓迎です。外国人人材が組織に入ると日本人もグローバル化します。ダイバーシティの重要性が盛んに叫ばれる中、留学生の受入れについて新潟大学としてはどのようなビジョンをお持ちでしょうか。

牛木学長 これまでも五十嵐キャンパスには外国人留学生用宿舎がありましたが、新たに外国人留学生と日本人学生が混住する学生寮の設置を計画しています。コロナ禍を経て改めて思うのは、大学とは出会う場所であり、語る場所であるということです。そして育てていく。それが大学の良さであり、そのような場を整備し提供していくことは大学の大事な役割の一つです。また、卒業して母国に帰った留学生にもこれまで以上にきめ細かくアプローチし、つながりを持ち続ける努力をしていかなければなりません。もちろん、日本に残って活躍する留学生も同様です。

大久保様 日本の大学を卒業した外国人は非常に優秀で企業間では争奪戦です。また、海外の大学の学生が持つ能力の高さも驚くべきものです。以前、北京で開催された就職セミナーに参加しましたが、内定時に日本語を話せなかった学生でも1年半後には見事に日本語をマスターし、専門性の高い日本語での証券外務員にパスするのです。

牛木学長 県内企業も新潟大学の外国人学生には大きな期待を感じてくださっています。新潟大学の活動を継続的にご支援していただける企業・個人の方々に入会いただく新潟大学サポーター倶楽部というものがありまして、約100社の企業に会員になっていただいています。会費の5万円が新潟大学基金に組み入れられ、学生の奨学金などに活用されます。先日、新潟大学基金から支援を受けている学生が自身の活動を報告する「新潟大学サポーター俱楽部報告会」に参加してきたのですが、そこで発表した経済科学部の留学生はとても流ちょうな日本語で話していました。彼女は複数の分野にわたって体系的に学ぶことができる新潟大学独自のメジャー・マイナー制を使い、マイナーでデータサイエンスを履修していて、データサイエンスの学会でも発表しているんだそうです。

 

令和4年度年間学業成績優秀者奨学金オンライン授与式
令和4年度新潟大学サポーター倶楽部報告会・情報交換会

 

イノベーションを創出する博士人材を育成する

大久保様 グローバルに活躍する人材には、ITや数学的素養はもちろんですが、何よりベースとしてコミュニケーション能力が必要です。そのような能力のある人たちをどのように採用していくかというテーマは、企業や日本経済の成長に直結するものだと思います。また一方で、私は理系の専門知識を有した人材、特に理系の博士人材の採用も重要だと考えています。例えば、カーボンニュートラル実現のための長期的な戦略について取引先の方とお話をする場合、専門分野の会話ができないと課題解決の有効な提案が出来ないのです。トランジション・ファイナンス(温室効果ガス削減に取り組む企業への支援を目的とした金融・資金調達)には、現場レベルで専門的な話が分かる人材が双方にとって重要で、理系の専門知識を有した人材にはそのような期待をしています。

牛木学長 今の日本で一番求められているのは「知」と言えるでしょう。大学が多様な分野でイノベーションを創出する博士人材を育成できるか。そのためには大学院教育が重要で、新潟大学としては、博士全員が教育者や研究者になるのではなく、社会に出て企業などで活躍する博士も育てることに力点を置いています。企業の皆さまにはぜひ博士人材活躍の受け皿を広げていただきたいと思います。

大久保様 おっしゃる通りで、現在まさに様々な企業が優秀な専門知識を有した方の獲得に向けてPRしています。

牛木学長 事実、その機運は高まっていると感じます。海外の企業経営者の方とお話すると分かりますが、彼らの名刺にはしばしば博士を示す“Ph.D.”と記されています。

大久保様 海外の金融機関のトップの方にも多いですね。それが欧米のスタンダードなのでしょう。本質を見極め、好奇心を持ち続ける、リベラル・アーツ人材は世界共通で求められます。

牛木学長 そのような多様な専門性に対する理解力を身に付けることが大学院教育の価値なのだと思います。

知の集積拠点として地域発展のモデルケースに

牛木学長 最後に「自律と創生」の理念のもとに、「未来のライフ・イノベーションのフロントランナーとなる」というミッションを掲げる新潟大学へ、温かいエールをいただけましたら幸いです。

大久保様 広範囲な学術分野を持つ日本有数の国立総合大学として、優秀な人材の輩出のみならず、特定の研究分野において日本やアジアでのリーダー的存在、知の集積拠点としての存在感を更に高められることを期待します。また同時に、地域における企業や行政等とのネットワークを通じて、日本海側の経済・産業・学術の一大拠点としての地域発展の中心的役割を果たされること、他の地域・地方にとってのモデルケースとなられることも期待しています。

対談を終えて

新潟大学学長
牛木辰男

三井住友信託銀行株式会社新潟支店との遺贈寄附に関する協定を締結するにあたり、大久保哲夫様との貴重な対談の機会をいただきました。上越地方出身という同郷のよしみもあったかもしれませんが、お人柄がにじみ出る和やかな雰囲気の中で、楽しい対話の時間をもつことができました。
特に、大久保様から企業経営者から見た大学経営について、多数の示唆に富むお話を伺うことができたのは嬉しいことでした。現在の国立大学が求められる「経営の透明性」と「明確な経営戦略」というご指摘にはじまり、社会や産業界が何を大学に期待するかという話題や、遺贈を含めた社会での資金循環への新しい取組など大変勉強になりました。
大久保様からいただいたエールと、具体的な「アイデアメモ」や「新潟大学に寄せる期待」に対して真摯に向き合いながら、学生、教職員の皆さんとともに、新潟大学の「知の拠点」としての存在感を更に高めていきたいと改めて強く思いました。

※記事の内容、プロフィール等は2023年4月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第44号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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