デジタル技術で解き明かす生物の行動戦略

捕食者と被食者の行動から探る合理的意思決定

教員コラム(若手研究者) 2025.08.06
西海望 大学院自然科学研究科/創生学部 特任准教授

日常の中で私たちは何かと選択を迫られることがあります。失敗の許されない場面であれば、どう判断すればよいのか頭を抱えることもあるでしょう。弱肉強食の自然界では、多くの動物は生きのびるために、餌を捕え、かつ天敵から逃れなくていけません。その時、彼らもまた、失敗の許されない選択を迫られることになります。こうした生存を懸けた駆け引きは、捕食者と被食者の間で何億年にもわたって繰り広げられてきました。その熾烈な歴史の中で高度に洗練されてきた彼らの戦略は、生物進化の中で磨かれてきた叡智とも言えるでしょう。私は、動物の優れた行動戦略を明らかにすることを通して、生物進化の驚異の一端に触れたいと思い、これまで研究を行ってきました。

これまでの研究の一例として、ヘビとカエルの駆け引きを題材としたものがあります。両者は対峙すると、そのまま動きを止め、しばし睨み合いのような膠着状態になります。この場面の駆け引きを調べたところ、両者の状況はサッカーやラグビーなどの球技で見られるパスのタイミングの駆け引きに似ていることが判明しました。例えば、パスをするときに相手選手を十分に引きつけてからパスしないと、相手はパスされた方へ進路を修正してしまいます。これと同じように、カエルはヘビを引きつけてから逃げないと、ヘビに逃げる先へ進路を修正されてしまうのです。 こうしたことから、「ヘビににらまれたカエル」は恐怖に呑まれているのではなく、よりうまく逃げるために、したたかに相手の動き出しを待っている状態であると言えるでしょう。

 

ヘビとカエルの攻防

近年はVR技術が発展して、色々なことを仮想空間で行うことが可能になってきました。ゲームを楽しむだけでなく、自然災害など様々な危機的状況を再現して、どう逃げればよいのかをシミュレーションすることもできます。この技術を動物の戦略分析に適用することで、様々な状況で動物がどのようにうまく立ち回れるのかを調べることができます。例えば、ヘビがフェイントの動作を使うようになったらカエルはどうするのか、といったことをバーチャルのヘビと現実のカエルを戦わせることで検証できるようになるわけです。動物の持つ洗練された戦略を最新のデジタル技術で解き明かしていく、そういった試みを今まさに進めています。この研究には、生き物への関心とコンピュータスキルの他、戦略性を探る経済学的な思考センス、スポーツなどで培った勝負経験といった様々な方面の力を結集させることが重要です。多様な背景をもつ人々が集まり、力を合わせることで、行動学の新たな地平を切り拓けるものと信じています。

VR技術を用いた動物実験コンセプトVR技術を用いた動物実験コンセプト

プロフィール

西海望

大学院自然科学研究科/創生学部 特任准教授

博士(理学)。専門は動物行動学と情報工学。VR技術で動物を仮想空間内におき、様々な状況での動物の意思決定と生存戦略を研究している。長崎大学ののち自然科学研究機構基礎生物学研究所を経て2025年から新潟大学大学院自然科学研究科/創生学部特任准教授。

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