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最古の脊椎動物である”ヌタウナギ”に生殖腺刺激ホルモンがあることを証明しました!

研究

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理学部附属臨海実験所の野崎眞澄所長(教授)らの研究グループは,このほど,最古*の脊椎動物といわれるヌタウナギの下垂体から生殖腺刺激ホルモン(GTH)のα鎖とβ鎖の遺伝子を同定し,下垂体内のGTHの遺伝子発現量やタンパク質が生殖腺の機能状況とよく一致していること,さらにヌタウナギの下垂体からGTHを化学的に単離し,生殖腺に投与することにより,生殖腺から性ホルモンが放出されることを証明しました。
従来,ヌタウナギには,下垂体は存在するが,機能的なホルモンは分泌されていないと考えられてきた常識を覆すとともに,脊椎動物の初期進化の段階で,視床下部-下垂体-生殖腺軸が確立されたということを,世界ではじめて明らかにしたものとして高く評価されました。

*最古という意味は,最初期の脊椎動物は,顎のない仲間ですが,その中でもヌタウナギ類は一番早い時期に出現している。つまり,現生種,化石種を合わせたすべての脊椎動物のなかで,もっとも古い時期に出現しています。そういう意味での最古です。

学術論文名

「最古の脊椎動物ヌタウナギの下垂体における生殖腺刺激ホルモンの進化的起源」

論文著者

内田勝久1,4・森山俊介2・千葉洋明2・下谷豊和1・本田香織1・三木誠1・高橋明義2・Stacia A. Sower 3・野崎眞澄1*
1 〒952-2135佐渡市達者,新潟大学理学部附属臨海実験所,2 〒022-0101大船渡市三陸町,北里大学海洋生命科学部,
3 米国ニューハンプシャー大学,4 現所属:宮崎大学農学部,*責任著者

研究概要

(脳)下垂体は脊椎動物ではじめて獲得された内分泌器官であり,生殖現象の調節において中心的役割を担っている。生殖腺刺激ホルモン(GTHと略称され る)は,下垂体ホルモンの根幹をなすものであり,黄体形成ホルモン(LH)と濾胞刺激ホルモンの(FSH)の2種類がある。そして,もう一つの下垂体ホルモンである甲状腺刺激ホルモン(TSH)を含めて,いずれもα鎖とβ鎖の二つのサブユニットからなる糖タンパク質ホルモンであり,化学的性状や遺伝子の構 造から,LH, FSH, TSHの3者が共通祖先由来であることが示唆されてきた。

しかし,最古の脊椎動物であるヌタウナギでは,下垂体の構造もきわめて原始的で,これまでGTHの存在すら疑問視されてきたため,生殖内分泌系についての知見はきわめて乏しかった。

野崎教授らは,新潟県特産のクロヌタウナギの下垂体から生殖腺刺激ホルモン(GTH)のα鎖とβ鎖の遺伝子を同定し,下垂体内の局在性を明らかにするとと もに,下垂体内のGTHの遺伝子発現量やタンパク量が生殖腺の機能状態とよく一致していること,さらにヌタウナギの下垂体からGTHを化学的に単離し,生 殖腺に投与することにより,生殖腺から性ホルモンの放出を証明しました。そして,ヌタウナギでは,ただ一つのGTHしか存在せず,GTHがLH, FSH,TSHの分化以前の状態であることを明らかにしました。

ポイント

  1. 脊椎動物は進化の初期段階で,下垂体と同時に生殖腺刺激ホルモンを獲得し,視床下部-下垂体-生殖腺軸を確立した。そして,この神経内分泌連関の確立がその後の適応・放散・繁栄の重要な鍵となった。
  2. 下垂体糖タンパク質ホルモンの分子進化の大要が明らかとなった。すなわち,棘皮動物や原索動物(ホヤやナメクジウオ)が持っている祖 先糖タンパク質のα鎖とβ鎖から,脊椎動物の初期進化の段階で,遺伝子重複によりGTHのα鎖とβ鎖が分化し,さらに顎口類(顎のある脊椎動物)の進化段 階でGTHの遺伝子重複により,LH,FHS,TSHが分化したことがあきらかとなった。

ヌタウナギとは:

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  1. 脊椎動物を大きく分けると、顎のない動物(無顎類)と顎のある動物(顎口類)に分類される。無顎類は、脊椎 動物の進化の最初期に出現した原始的な魚類で、その多くは古生代デボン紀に絶滅した化石種であり、現存種はヤツメウナギとヌタウナギ(右上図、従来メクラ ウナギと言われてきた)のみである。
  2. ヌタウナギの方がより原始的な特徴をもつ。たとえば、
    1)脊椎動物のトレードマークである脊椎をもたない。それゆえ、厳密には無脊椎動物。
    2)小脳や松果体が分化していない。
    3)体液の浸透圧が海産無脊椎動物と同様、海水と等張。
  3. ヌタウナギよりも原始的な脊索動物である頭索類(ナメクジウオ)や尾索類(ホヤ)は、下垂体と相同な器官を持たない。これらの動物では、ゲノム中にも下垂体ホルモンの相同遺伝子は存在しない。それゆえ、ヌタウナギは下垂体の起原と進化を知る上で、最も重要な動物。
  4. ヌタウナギは、下垂体の構造もきわめて原始的。右図 D~F に示すように、ヌタウナギの腺下垂体 ((AH)は、薄いシート状の細胞塊として、結合組織のなかに埋まっていて、前葉と中葉の分化もない(図E)。また、腺下垂体(AH)と神経下垂体 (NH)は結合組織層により完全に分離され、両者の間には神経連絡も血管連絡もみられない。
  5. ヌタウナギでは、下垂体除去を行っても生殖腺や甲状腺に顕著な変化を示さないことから、機能的な腺下垂体ホルモンを持たないと、これまで考えられてきた。
  6. しかし、クロヌタウナギの下垂体には、多数の生殖腺刺激ホルモン(GTH)産生細胞があり、生殖腺機能の調節に関与している(図F、茶色に染まった細胞)。

ヌタウナギの生殖腺刺激ホルモン (GTH) 発見のきっかけ

もう8年近く前になりますが、野崎教授はクロヌタウナギの下垂体の免疫組織切片を観察している際、腺下垂体が著しく発達していること、しかも、発達した腺下垂体の過半数の細胞が脊椎動物各種のゴナドトロピン(GTH)抗体に対して強い陽性反応を示すことに気が付きました(図F)。その時にヌタウナギの下垂体研究の糸口を見つけたと言えます。事実、この発見がその後のヌタウナギのGTHの単離同定に至る出発点となりました。

新潟県におけるクロヌタウナギ漁

新潟県では、岩船漁港や親不知漁港などで、クロヌタウナギを食料資源として漁獲している。クロヌタウナギは、水深100〜160mに生息していて、岩船漁港では伝統的な竹で編んだカゴのなかに死んだイワシなどをいれて漁をしている。野崎教授らは、この新潟特産のクロヌタウナギ(一度に200〜400尾)を漁師から分けてもらって研究に使用しています。

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学術誌:『米国科学アカデミー紀要』とは?

米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:略称PNAS)は,1914年創刊の全米科学アカデミー発行の学術誌である。特に生物科学・医学の分野でインパクトの大きい論文が数多く発表され,総合学術雑誌として,ネイチャー、サイエンスと並び重要とされている(総引用回数第2位)。
米国科学アカデミーは,高いレベルの学問的業績を残した世界の研究者(米国2,100名;米国以外350名[日本在住の日本人学者30名を含む])が会員に選出さていれる。PNAS誌は投稿された論文が,アカデミー会員の高い学問的見地から見て世界的に紹介するインパクトが高いと判断された場合のみ掲載される。
一般に引用回数を数値化したものとして使われるインパクトファクターは9.432です。