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自由電子レーザー光の照射により原子から複数の電子が放出されるメカニズムを証明!

研究

理学部自然環境科学科の彦坂 泰正准教授が代表を務める研究グループとX線自由電子レーザー計画合同推進本部の合同研究グループは、極端紫外領域の高強度自由電子レーザー光をアルゴン原子に照射し、複数個の電子が放出される過程の詳細を明らかにすることに成功しました。
この研究成果は,米国物理学会の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(9月24日付)に掲載されました。

学術論文名

Multiphoton double ionization of Ar in intense extreme ultraviolet laser fields studied by shot-by-shot photoelectron spectroscopy
(シングルショット光電子分光法による極端紫外強レーザー場中アルゴンの多光子二重イオン化)
著者;彦坂 泰正,伏谷 瑞穂,松田 晃孝,曾 建銘,菱川 明栄,繁政 英治,永園 充,登野 健介,富樫 格,大橋 治彦,木村 洋昭,仙波 泰徳,矢橋 牧名,石川 哲也

研究概要

彦坂泰正准教授(理学部自然環境科学科)、自然科学研究機構分子科学研究所の繁政英治准教授、名古屋大学大学院理学研究科の菱川明栄教授の共同研究チームと、理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部の合同研究グループは、極端紫外領域の高強度自由電子レーザー光をアルゴン原子に照射し、複数個の電子が放出される過程の詳細を明らかにすることに成功した。
1秒間に20回繰り返し照射されるレーザーパルス毎に、放出された全ての電子のエネルギー分析を行い、自由電子レーザー光のゆらぎを精密測定のための手段として利用した。光の強度が高い時にのみ起こる複数の光子の吸収に対応する電子の観測から、多光子を吸収する過程における共鳴状態の重要性を明らかにした。
これらの成果は、X線自由電子レーザー光を利用したナノサイエンス・ナノテクノロジーや材料加工において、適切な波長選択による共鳴条件の利用が、成否を決める重要な要素である可能性を示している。

研究の背景

第3期科学技術基本計画で国家基幹技術の一つとして指定されたX線自由電子レーザー(XFEL)実機の建設に先立って、その要素技術を開発するための試験加速器施設〔SCSS〕が、平成17年度に建設されました。SCSSは、波長がX線と紫外線の間にある極端紫外領域の自由電子レーザー光を発生し,その光特性はXFELと類似しています。将来のXFELの利用を念頭に置き、このような新しいレーザー光と物質が相互作用したときに起こる現象の理解を目指した研究が、SCSSで開始されました。

これまでの研究によって、最もシンプルな物質である原子や分子に、SCSSが供給する短波長の自由電子レーザー光を照射すると、極めて高い価数のイオンが生成することがわかってきました。このような現象は、多くの光子が原子や分子1個に吸収されていることを示しています。たとえば、ある条件下では1つのキセノン原子から21個の電子が放出されることが報告されていますが、これは少なくとも1原子に57個の光子が吸収されたことに相当します。しかしながら、この複雑な過程を捉えるための適切な観測手法が確立されておらず、特に、自由電子レーザーからの光はパルスごとに波長と強度がゆらぎ、観測結果を鈍ら せてしまうため、基礎過程の解明が阻まれてきました。このため、「実際にどのようにして原子や分子が光子を複数個吸収し、それにより多くの電子が放出され るのか」これまで明らかになっていませんでした。

研究の成果

研究グループは、これまで精密な観測の妨げとなってきた「自由電子レーザー光のゆらぎ」を逆手にとって利用し、レーザー光の波長の変化に応じて現象がどのように変わるかを突き止めることに成功しました。これによって、極めて短い波長(58ナノメートル、1ナノメートルは10億分の1メートル)を持つ強いレーザー光を受けた原子が複数個の電子を放出する様子を明らかにすることができました。

原子から放出される電子には大きく分けて、(A)照射するレーザー光の強さに関係なく観測されるものと、(B)強いレーザー光によってのみ観測されるもの、とがあります。タイプAの電子とタイプBの電子は、電子の速さ(運動エネルギー)の違いにより区別することができます。ここでは、飛び出してきたタイプAの電子の運動エネルギーに、レーザーパルスの波長のゆらぎが反映されていることに着目しました。このタイプAの電子と、強い光との相互作用によって生成するタイプBの電子とを、同時に磁気ボトル型光電子分光器により観測しました。磁気ボトル型光電子分光器とは、レーザー光の照射により放出された複数の電子を強い磁場によって捕捉し、その全てを取りこぼすことなく観測することが可能な装置です(磁気ボトル型光電子分光器,以下図のとおり)。

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この超高感度な性能を利用して、レーザー光のパルスごとに、アルゴン原子から放出される全ての電子の運動エネルギーを測定することが可能となりました。この測定を、レーザーパルスを原子に照射する度に繰り返し、全ての測定結果をレーザー波長毎に並べ直しました。その結果、レーザーパルスの波長ゆらぎ(0.4ナノメートル程度)を、観測を鈍らせる原因ではなく、レーザー光の波長を掃引する手段として利用することができるようになりました。

この手法を用いて、レーザー光の波長の変化によってアルゴン原子から電子が2つ飛び出す確率が大きく変化することを見出しました。これは、光子の持つエネルギーをちょうど吸収できる状態(共鳴状態)が、2つの電子が放出される過程の途中に存在しているためです(3光子吸収による2電子放出過程における共鳴状態の役割,以下図のとおり)。

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このような共鳴現象の存在を極端紫外領域で明解に示したのは世界で初めてです。

今回観測されたケースでは、レーザー光の波長が共鳴条件となっているときには、レーザー光にさらされた全てのアルゴン原子から少なくとも2つずつの電子がはぎ取られています。レーザー光の波長を共鳴条件から外すと、その2つの電子の放出は極めて抑制されます。つまり、レーザー光の波長の選択により、起こる現象が極端に異なったものとなることを示しています。この発見は、短波長のレーザー光と様々な物質の相互作用において極めて一般的、普遍的なものであると考えられます。

※この研究発表は、日刊工業新聞、中日新聞、新潟日報などで取り上げられました。

今後の展開

今回の研究成果は、原子や分子のような単純な物質系に限らず、あらゆる物質群においても同様であると推測されます。平成23年度から供用開始予定のXFELの利用においても、レーザー光の適切な波長選択による共鳴条件の利用というアプローチが、成果に対して決定的な要素となり得る可能性を示しています。
これは、XFELの利用分野の1つとして挙げられているナノサイエンス・ナノテクノロジーや材料加工における有益な情報であり、今回のような基礎的な現象の詳細な解明によって、これらの応用分野の可能性を大きく広げていくことができるものと期待されます。

Physical Review Letters とは?

フィジカル・レビュー(英文表記:Physical Review)はアメリカ物理学会が発行する学術雑誌で、物理学の専門誌としては最も権威がある。現在、Physical Review AからEまでの領域別専門誌と、物理学全領域を扱う速報誌Physical Review Lettersに分かれており、特にPhysical Review Lettersに論文を載せることは物理学者の一つの目標となっている。
一般に引用回数を数値化したものとして使われるインパクトファクターは 7.328 です。