新潟から問いを立て、世界へ――FLAGsで目指す新潟大学の大学院
『知の循環』からFLAGsへ
新潟大学では現在、FLAGs――「未来を先導する世界トップレベル大学院教育拠点創出事業」を軸に、大学院教育の大きな改革を進めています。FLAGsには、博士人材の大幅な増加、学際教育の充実、社会との共創、国際化など、さまざまな目標が掲げられています。これらを着実に実現していくことはもちろん重要ですが、その上で、私たちが常に見据えておかなければならないのは、こうした取組を通じて、新潟大学の教育や研究をどのように変え、どのような大学院をつくっていくのかということです。そしてそれは、突然始まった新しい改革ではなく、これまで私が皆さんにお伝えしてきた新潟大学の将来像と一続きのものです。
今年2月の学長就任以来、私は大学改革の中核に研究力を置き、「研究力を高め、若い才能を育て、生まれた知を社会に実装する」という好循環をつくりたいとお伝えしてきました。学長オープンフォーラムでは、研究力強化、大学院教育改革、社会共創の推進と実装、大学経営改革という4つの柱を示し、それらをばらばらの施策ではなく、「知の循環」を動かすための一体的な改革として進めていく考えを示しました。そして10月の学長メッセージ「『知の循環』で大学を変える――構想から実装へ」では、この一年半余りで動き始めたさまざまな大型事業を、それぞれ独立した補助事業として見るのではなく、新潟大学を変えるための一つの大きな流れの中に位置づけました。事業を獲得することや計画どおり実施することが目的なのではなく、まず私たち自身がどのような大学になりたいのかを定め、その実現のために事業、資金、人材、制度を使う。今回改めてFLAGsについて考えたいのは、その続きです。

FLAGsでは「博士3倍増」という明確な数値目標を掲げています。しかし、博士の人数を増やすこと自体がFLAGsの本当の目的ではありません。問われているのは、博士人材が大きく増える大学とはどのような大学なのか、そのような人材を育てるために私たちの教育と研究をどう変えるのか、ということです。博士学生が増えるのであれば、学部から大学院への接続も、研究室のあり方も、異なる分野との関係も、社会や世界との関係も変わらなければなりません。そして、それを支える人員、施設、研究環境、学生支援、国際支援、キャリア支援、さらには資源配分や大学経営も変えていく必要があります。つまりFLAGsは、博士を増やす事業ではなく、博士が育つ大学へ新潟大学を変える改革です。大学院を強くすることによって大学全体を強くし、そこで育った人が再び研究、教育、社会を変えていく。その循環をつくることが本当の目的だと考えています。
大学院を中心に、四つのつながりを変える
そのために重要なのは、大学院そのものだけを見るのではなく、大学院を取り巻く関係を変えることです。
学部と大学院の間には、学部生が早い段階から研究の面白さに触れ、自分で問いを立て、修士、博士へと知的探究を深めていく流れをつくる。研究と教育の間では、優れた研究が大学院生を育て、そこで育った博士人材がまた新しい研究を生み出す。大学院と社会の間では、企業、自治体、医療機関、地域社会の課題が大学へ持ち込まれ、それが研究となり、そこで生まれた知と人材が社会へ戻り、新たな問いが再び大学へ還る。そして新潟と世界の間では、世界の学生や研究者が新潟に集まり、新潟大学の学生や研究者が世界へ出て、ともに知を創り、その知と人が新潟と世界を行き交う。
これからの大学院を、学位を取得するための教育課程というだけではなく、人と知が集まり、深まり、交わり、社会と世界へ広がっていく結節点にしていきたいと思います。

新潟から問いを立て、世界へ
その大学院像を考えるとき、新潟大学には大切にすべきもう一つの特徴があります。新潟は、私たちの所在地であるだけではなく、新潟大学の教育研究を形づくる重要な場であり、学術探究の源泉でもあります。新潟には、豊かな自然、食と農、ものづくり、雪や災害、人口減少と高齢化、地域医療、独自の文化など、多様な研究テーマがあります。これらの多くは新潟だけに固有のものではなく、日本社会の将来を先取りする課題であり、同時に世界が直面する普遍的な問いでもあります。
地域に根ざすことと世界に開かれることは、決して相反するものではありません。むしろ、一つの地域を深く見つめるからこそ、世界に通じる問いを立てることができます。新潟の現場から問いを立て、高度な学術へと昇華し、世界の研究者や学生とともに探究する。そこで得た知を新潟に還元するとともに世界へ発信し、世界から新しい知や問いを再び新潟へ持ち帰る。新潟は、新潟大学の学術探究を形づくるアイデンティティでもあります。
二つの研究科を『知の循環』の拠点に
2026年度、新潟大学は大学院を大きく再編し、教育実践学研究科を除く主要な大学院を、総合学術研究科と医歯保健学研究科という二つの研究科に再編統合しました。大切なのは、この再編を単なる組織の整理で終わらせず、新しい教育と研究を生み出す契機にすることです。
総合学術研究科は、人文社会科学、自然科学など、それぞれの深い専門性を基盤に、異なる知を結び、新しい学問や価値を生み出す学際・共創型の知の拠点になってほしいと考えています。その出発点は、あくまでも一人ひとりの専門性です。一つの学問を深く究めるからこそ、自分の専門だけでは解けない問いに気づき、異なる学問との本当の対話が始まります。新潟のさまざまな現場から問いを立て、そこに異なる分野の知を持ち寄り、世界に通じる新しい知を生み出す。「総合大学だから多くの分野がある」という状態から、「総合大学だからこそ異なる知を結び、新しい学問を生み出すことができる」大学院へと進化させたいと思います。
医歯保健学研究科で目指すのは、基礎研究、臨床、地域医療を行き来しながら、新しい医学・医療を生み出す大学院です。基礎研究で生まれた発見が臨床へつながり、医療現場や地域で生まれた問いが再び研究へ戻る。そこで生まれた新しい知が、診療や予防、健康増進、地域医療をさらに変えていく。そして、その循環の中で次代の研究者や医療人が育っていく。新潟には、人口減少、高齢化、広い県土、医療資源の偏在といった現実があります。一方で、大学病院、地域医療機関、臨床資源、患者・住民データ、そして長年蓄積してきた基礎研究の力があります。これらを結び、新潟の医療・健康の現場から世界に通じる問いを立て、基礎から臨床、地域までをつなぐ研究と教育を進めていきたいと考えています。
総合学術研究科と医歯保健学研究科では、対象とする学問も、教育研究の方法も異なります。しかし、目指す方向は共通しています。深い専門性を育て、その専門を異なる知につなぐ。新潟の現場から問いを立て、地域、社会、世界とともに研究する。生まれた知と人材を社会へつなぎ、そこで見いだされた新しい問いを再び大学へ戻す。
二つの研究科を、人と知が育ち、交わり、社会と世界へ広がり、また新しい問いが戻ってくる「知の循環」の拠点として育てていくことが、これからの大学院改革の中心です。

地域から必要とされ、社会から期待され、世界から選ばれる大学院へ
その先に目指したいのは、地域にとっては、課題が生じたときに相談する相手であるだけでなく、地域の未来をともに考え、次代を担う人材をともに育てる大学院です。社会にとっては、すでにある知識を身につけた人材を送り出すだけでなく、まだ答えのない課題に問いを立て、異なる知をつなぎ、新しい価値を生み出す人材をともに育てる大学院です。そして世界にとっては、新潟だからこそ向き合える問いと研究資源を持ち、「ここで学びたい、ここで研究したい」と思われる大学院でありたいと思います。言い換えれば、地域から必要とされ、社会から期待され、世界から選ばれる大学院を目指します。
その大学院をつくるのは、現在ここにいる私たちだけではありません。これから新潟大学で学ぶ人、社会から学びに戻る人、世界から新潟に集まる人たちとともにつくっていく大学院です。学部生には、大学院を単なる卒業後の進路としてではなく、自分が本当に知りたいことを、もう一段深く追究する場所として見てほしいと思います。高校生にも、大学で何を学ぶかだけではなく、その先にどのような問いを見つけ、どこまで追究してみたいかという視点から、新潟大学を見てもらいたい。社会で働く人にとっても、大学院は新たな学びや研究に踏み出す場です。仕事や地域社会の中で見つけた疑問や課題を大学へ持ち込み、社会で培った経験と大学の知を結び、新しい研究や価値を生み出す場所です。また、海外の学生や研究者には、新潟という地域そのものが世界に開かれた学術探究の場であり、食と農、健康と医療、自然環境、災害、人口減少、地域社会、文化、産業など、ここだからこそ向き合える世界共通の問いがあることを伝えたいと思います。
新潟大学の大学院で育てたいのは、あらかじめ用意された正解を上手に答える人ではありません。自ら問いを立てる人、深い専門性を持ちながら異なる知と対話できる人、社会の課題を研究の問いへ変え、研究から生まれた知を社会の価値へ変えられる人。そして地域に深く根ざしながら世界を舞台に挑戦できる人です。
そのような人たちが集まり、互いに刺激し合い、一人では生み出せなかった新しい知を創る大学院にしたい。「あの研究をするなら新潟へ」「もっと深く学ぶなら新潟へ」「社会で見つけた問いを研究するなら新潟へ」「地域と世界の両方に向き合うなら新潟へ」。そう思ってもらえる大学院を目指します。

FLAGsの先にある、新潟大学の日常
そのために、これからまず必要なのは、制度をさらに増やすことではなく、それぞれの学部、研究科、研究室が、「FLAGsによって、自分たちはどのような教育研究の姿を実現したいのか」を考えることです。5年後、自分たちの研究科や研究室をどのような姿にしたいのか。学部生に研究の魅力をどう伝え、大学院につなげるのか。異分野の研究者や学生とどのように交わるのか。地域や企業、医療機関、自治体などの課題を教育研究へどう取り込むのか。世界との共同研究や共同教育をどう日常のものにするのか。博士修了後の活躍の場をどう広げるのか。そして、そのために大学本部に何が必要なのか。一つの正解を本部から示すのではなく、それぞれの現場が自らの強みをもとに将来像を描き、それらを大学全体としてつないでいくことが重要です。大学本部も、人員、研究時間、研究費、施設、技術支援、事務・専門職による支援、学生の生活支援、国際支援、キャリア支援、さらには人事や資源配分まで、大学院を重視する大学へと変えていかなければなりません。
FLAGsには事業期間があります。しかし、私たちが目指しているのは、FLAGsという名前の事業を成功させることだけではありません。事業が終わった後にも、学部生が研究の魅力に触れ、大学院を自然な選択肢として考えている。博士学生が研究室を越え、分野を越え、社会と世界を行き来している。優れた博士学生がいることで研究室が活性化し、新しい研究が次々と生まれている。企業や地域が大学院教育に参加し、社会人が再び大学院へ学びに戻っている。海外の学生や研究者が新潟に集まり、新潟大学の学生や研究者も世界へ羽ばたいている。そして、そこから生まれた人と知が、再び次の研究と教育を生み出している。そのような光景が特別なものではなく、新潟大学の日常になっていること。それがFLAGsの本当に目指すところです。
これまでお伝えしてきた「知の循環」と、「事業を目的にせず、事業を使って大学を変える」という考え方は、すべてここにつながっています。FLAGsは、その一連の改革を、大学院と人材育成を起点として具体的に動かしていく取組です。新潟から問いを立て、人を育て、知を創り、地域と社会と世界をつなぐ。そこで育った人と生まれた知が、また新しい問いを大学へ持ち帰る。その循環を、新潟大学の大学院から大きく動かしていきたいと思います。
令和8年10月28日
新潟大学長 染矢俊幸