ドナルド・マクドナルド・ハウス にいがた

〜小児医療と地域社会をつなぐ新たな拠点〜

特集 2022.12.14

2022年10月1日、「ドナルド・マクドナルド・ハウス にいがた」が新潟大学医歯学総合病院のある旭町キャンパスにオープンした。病気の子どもとその家族が利用できる滞在施設で、国内12か所目、日本海側では初のハウスとなる。多方面から注目を集めるハウスへの期待について特集する。

小児患者と家族のための滞在施設

公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン(DMHC)により運営されているドナルド・マクドナルド・ハウスは、自宅から遠く離れた病院に入院している子どもと、治療に付き添う家族のための滞在施設だ。「わが家のようにくつろげる第二の家」をコンセプトに掲げ、小児患者と家族が日常生活をスムーズに送れるように、自炊ができるキッチンやダイニング、リビング、ランドリールームやプレイルーム、プライバシーに配慮したベッドルームがある。滞在費は一人1日1000円。自宅と入院先との二重生活を強いられている小児患者の家族の精神的・経済的負担を和らげてくれる。
今秋、日本で12番目のドナルド・マクドナルド・ハウスとなる「にいがたハウス」が、新潟県の3次医療圏を支える県内唯一の特定機能病院であり、様々な高度医療を行う新潟大学医歯学総合病院の敷地内にオープンした。

2022年8月30日のオープニングセレモニー。(左から)冨田病院長、牛木新潟大学長、五十嵐DMHC理事長、花角新潟県知事、中原新潟市長、日色日本マクドナルド株式会社 代表取締役社長兼CEO

病気と闘う患者家族同士の情報交換の場であり地域で医療を支える文化の拠点

各所の理解と寄附が支えた「にいがたハウス」

新潟大学内で正式にハウス誘致が承認されたのが2019年。総額3〜3億5000万円の建築費は、DMHCと折半とし、その半分を大学に設置する募金委員会で集める計画が立てられた。募金委員会代表であり、新潟大学医歯学総合病院の冨田善彦病院長に、「にいがたハウス」設立の経緯とその意義を聞いた。
「私の専門は泌尿器科学で、小児医療の現場にも関わってきました。昔は不治と言われた病も、医学の進歩とともに現代では治せるものも増えてきました。しかし、重い病気の治療には長期入院が必要です。お子さんが入院するとご家族が付き添うことになりますが、病院のアメニティ支援には限界があり、ご家族が大変なご苦労をされているのを現場で接する私たちは長く感じてきました。『ご家族の負担を少しでも軽減するためにできることはないだろうか』という問いは大きな課題だったのです」
そんな思いを抱え続けた冨田病院長は2019年8月、東京大学医学部附属病院にあるドナルド・マクドナルド・ハウス東大を視察した。
「これは絶対に新潟に必要だと思いました。ハウスが単なる患者家族の宿泊施設ではなく、それ以上の存在だったからです。ハウスは患者家族同士の情報交換の場であり、医療従事者だけでなく、コミュニティ全体で医療を支える文化の拠点でした。そこから『にいがたハウス』建設誘致に舵を切りました」
新潟県、新潟市、地元企業、各種団体が発起人となって募金委員会が立ち上がり、各方面への募金活動が2019年10月からスタートした。翌年2月までの4か月で1億円近くの募金が集まるなど、順調な滑り出しだった。
「ところが2020年3月、新型コロナウイルス感染症の流行が本格化すると、募金がパタッと止まってしまいました。巻き返しを図るため、ダイレクトメールやラジオ番組への出演、講演、県外の同窓会への参加など、やれることはなんでもやろうと手を尽くしました。結果、様々な方面からご尽力をいただき、2020年10月に目標額に達することができました。」

新潟大学医歯学総合病院 冨田善彦 病院長

ハウスのロゴマークにもある“ハート”と日本を象徴する樹木の“桜”をモチーフにした感謝の樹。ハート型のプレートにはハウスの建設・運営に向けてご支援いただいた方々の名前が掲出されている

治療効果の向上を支援する環境整備単なる宿泊施設ではなく医療と地域社会を結ぶ

ハウスは医療と地域を結ぶ拠点になる

新潟大学医歯学総合病院は、小児の心血管外科手術数では全国トップ5に入ることでも知られている。県全域から隣県にまで及ぶ、距離にして300km圏以上の3次小児医療をカバーする特定機能病院だ。その存在意義からも自宅から遠く離れた病院での付き添い生活をサポートするハウスの存在は非常に大きい。冨田病院長が続ける。
「病院が提供する医療の質にさらに厚みが出ると思います。お子さんが入院生活を送るご家族にとって、時には医療者ではない方に聞いてほしい話もあるはずです。専門の医療人だけではフォローできない部分を、ハウスの同じ患者家族同士で、あるいはハウスのスタッフとの会話で補うことができれば、病院での治療効果の向上を支援する精神面での環境整備になると期待しています」
「にいがたハウス」は単なる宿泊施設ではなく、医療と地域社会を結ぶ拠点となり、地域社会全体で医療を支え合うことでコミュニティの強化につながる。

家族の笑顔は病気の子どもに伝わる「にいがたハウス」のストーリーが新潟のボランティア文化を醸成する

ほどよい距離感で家族を支える第二のわが家

「にいがたハウス」は明るく開放感のある4階建て。新潟県産木材を多用し、温もりを感じられる空間づくりが特徴だ。1階にはエントランスホールと図書室、2階にはキッチン、ダイニング、リビング、プレイルーム、ランドリールームがある。これらは全て共用スペースだ。利用者同士やボランティアスタッフとの間に自然な会話が生まれるようなあたたかい雰囲気がある。3・4階はバス・トイレ・ベランダ付きの個室。全10室のうち1室は車いす対応になっている。

南側採光を全面に取り入れた、明るく開放的なダイニング。ダイニングの一角にはキッズコーナーも設けられ、ハウスを型取った棚もありワクワクする空間を演出
ハウスのエントランスホールにある「ハートフルカート」。入院中の子どもたちのための文房具や日用品、おもちゃ、絵本、また、付き添い家族が必要とするアメニティを無償で配布する
建物上部のサイドライトから自然光・通風を取り入れた心地よい空間。壁には財団カラーのブルーやハウスロゴマークカラーのイエロー・レッドでカラーリングした小窓をリズミカルに配置し、遊び心あふれる空間に
枕元の壁面に新潟県産杉を使用し、木のぬくもりが感じられる癒やしの空間になっている。各ベッドルームにはベランダも備わり、屋外の空気を吸ってリフレッシュも

施設管理はハウスマネージャー一名とサブマネージャー、アシスタントマネージャーで担当し、運営はボランティアによって支えられている。ボランティアが担う役割と存在の重要性について、DMHCの飯野直子常務理事に聞いた。
「当初、『にいがたハウス』運営に必要なボランティアの人数は150名を目標にしていました。しかし、実際はその2倍もの応募をいただき、オープン前で300名以上の登録をいただいています。ハウス誘致の募金に多くの方のご支援をいただいたことも含め、人の思いが人を動かすことを、ここ新潟で改めて感じることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。世界中のハウスに関わるスタッフは、医療従事者とは違うスタンスで患者さんとご家族を支えるという思いを共にしています。ボランティアは『ほどよい距離感を保って接する』ことを大切にし、『聞いてほしいことは聴いてさしあげる』『言わなくてよいことは言わない』という点を意識しています」
利用家族からは「距離感がとても心地よかった」「孤独感が癒された」「自分に戻る時間ができた」などの感謝の言葉をしばしば受け取るという。「いってらっしゃい」「おかえりなさい」というさりげないボランティアの声掛けも、患者家族の張りつめた気持ちをほぐしている。
「本当に些細なことですが、ボランティアのみなさんはそういう瞬間を大切にしています。ハウスで過ごす時間によって家族の方が笑顔になると、それが伝わり病気のお子さまも笑えるようになるんだそうです。世界中にはハウスの数だけ、利用者さんや関わるボランティアさんの数だけストーリーがあります。『にいがたハウス』のストーリーが新潟のボランティア文化を醸成し、地域への貢献につながると考えています。昨年は、日本におけるドナルド・マクドナルド・ハウスの運営開始から20年の節目でした。長く運営していると、ボランティアに参加される方々の中には、ご自身が子どものときに闘病したり、ご家族がハウスを利用されたという方がいらして、感慨深いものがあります。『にいがたハウス』は日本海側で初めてのハウス。これまで地理的にカバーされていなかった患者さんとご家族のお力にもなれたらと思います」

ドナルド・マクドナルド・ハウス・ チャリティーズ・ジャパン 飯野直子 常務理事

「患者さんとそのご家族のために何ができるのか」を考えることは医療人にとって一番大切なこと

家族に寄り添う未来の医療人育成の一助になる

新潟大学医歯学総合病院の病棟に入院する小児患者で最も多いのは、がんや心臓の病気に対して長期の治療が必要な患者だという。入院期間が数か月から数年にわたることもあり、退院までの見通しが立ちにくいため患者本人はもちろん、家族も多くの困難を抱えている。実際の医療の現場にはどんな課題があるのか。新潟大学医学部小児科学教室の齋藤昭彦教授に聞いた。
「遠方から入院するお子さんのご家族は、お子さんに付きっきりで病室で一緒に生活されます。病棟にお風呂やシャワーはありますが、利用時間は限られていて落ち着いて利用することはできません。病院としてご家族分の食事は用意することができないので、お子さんの残した食事を食べられたり、コンビニのお弁当などで済まされている方が多いです。寝るときも、多くのご家族はお子さんのベッドや簡易ベッドでお休みになります。相部屋が多いので、隣のお子さんの泣き声や、トイレや検査の物音で夜中に目が覚め、十分な睡眠をとることができません。また、お子さんのこれからの診療や将来に対してご家族が感じる精神的・経済的不安は非常に大きいもの。この状況が数か月以上続くのです」
近年は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から面会や付き添い人数も制限され、小児患者と家族の入院生活はさらに厳しい状況にあった。家族にとって、ゆっくり休め気分転換できる時間と場所の必要度は非常に高い。「にいがたハウス」にはどんな期待が寄せられているのか。
「ハウス内の色使い、広いキッチン とダイニング、ボランティアの方々が手作りしたパッチワークのベッドカバーなど、利用ご家族への配慮を感じる空間に感動しました。病院スタッフ側としては、付き添いが長いご家族、疲れが見えられたご家族に『今日はハウスでお休みになられたらどうですか』という提案ができるようになります。ご家族の不安な感情はお子さんにダイレクトに伝わります。病院の外でリラックスできたご家族が隣にいることで、お子さんの心は安らぎ、その後の診療がスムーズに進む可能性があります。慣れない入院生活の中で、心身をリセットできる環境があるのは重要なことです。また、ハウスの存在は、医療人育成の観点においてもメリットがあると期待しています。小児医療の現場は、医療従事者だけでなくボランティアの方々など、多くの方によって支えられています。そのような現場を目の当たりにし、ご家族のケアを含めてこれまで以上に包括的な医療を考えることができる未来の医療人が育成されることでしょう。『患者さんとそのご家族のために何ができるのか』を考えることは、医療人にとって一番大切なことです」

新潟大学医学部小児科学教室 齋藤昭彦 教授

地域医療の課題を解決する大学病院の使命

新潟大学医歯学総合病院は、新潟県唯一の特定機能病院として質の高い医療を提供する使命がある。新潟大学将来ビジョン2030でも、医療提供体制の充実による地域医療の課題解決を掲げている。医療の視点とは異なる「患者と家族の気持ちを穏やかにほぐす」というドナルド・マクドナルド・ハウスの存在は、小児医療と地域をつなぐ新しく太いパイプである。情報と知識、思いを共有し、職種を超えたつながりは新潟における小児医療の新たな基盤形成に大きな効果を発揮していくはずだ。大学病院でしか救えない命のために、新潟大学医歯学総合病院は、「にいがたハウス」とともに歩みを進める。

大きな窓がある多目的室/図書室。テーブルは天板に新潟県魚沼産のブナの一枚板を使用。子ども用の絵本から大人向けの本まで並ぶ

ドナルド・マクドナルド・ハウスの歴史

フィラデルフィアから始まったストーリー

1974年、米国フィラデルフィアでアメリカンフットボール選手として活躍していたフレッド・ヒルの3歳の愛娘が白血病にかかり、入院することになりました。 娘の入院中、彼がそこで目の当たりにしたものは、狭い病室で子どもの傍らに折り重なるようにして寝ている母親、やむなく病院の自動販売機で食事を済ませる家族の姿でした。そこで彼は、病院の近くに家族が少しでも安らげる滞在施設ができないものかと考え、病院の近くにあるマクドナルドの店舗オーナーや病院の医師、フットボールチームの協力を得て募金活動が進められました。 そして1974年10月、世界初の『ドナルド・マクドナルド・ハウス』が誕生しました。2022年9月現在、世界45の国と地域に380か所開設されています。 (ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン公式ウェブサイトより抜粋)

第二のわが家に向けて

ご家族の情報共有やコミュニケーションの場に

「にいがたハウス」ハウスマネージャー
稲川欣也さん

ハウスの運営はボランティアの方たちによって支えられています。ボランティアの活動内容は、日中は掃除やベッドメイクのチェックなどのハウスキーピングやチェックイン・アウトの対応、夜間は施設内の見回りなど、利用ご家族が安心して過ごせるように努めます。身のまわりの掃除や食事の支度は利用ご家族が行います。各部屋にはテレビはありません。少しでも共用スペースで情報共有やコミュニケーションのきっかけを作っていただければという思いからです。「病気の話より、日常の話を」という方が多いように思います。新潟県は南北に長く、同じ県内でも数時間もかけて病院に来られる方も多いですし、雪国ですので冬は通常の数倍の時間がかかる方もいます。そういった方々が少しでもご自分の家のように安心して利用いただけるハウスをつくっていきたいと思います。1人でも多くの方に知っていただきご支援いただけるよう、積極的に活動していきたいと考えています。

稲川さん

心を込めて、ご家族に寄り添える活動を

「にいがたハウス」ボランティア
鈴木朋子さん

私は仕事上、入院するお子さんのご家族と関わることが多くありました。今回、開所されると知り、微力ながらお手伝いさせていただきたく、応募しました。心を込めて丁寧にお掃除をしたり、落ち着いてチェックイン・アウト業務をするなど、ご家族にそっと寄り添えるような活動を心がけたいです。他のスタッフの方とも協力し、利用して良かったと思っていただけるように頑張ります。

鈴木さん

※記事の内容、プロフィール等は2022年11月当時のものです。

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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第42号にも掲載されています。

新潟大学季刊広報誌「六花」

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