
グローバル社会を牽引する“博士イノベーター”の養成
新潟大学が採択された、文部科学省の令和7年度「未来を先導する
世界トップレベル大学院教育拠点創出事業(FLAGs)」。
同事業で新潟大学は、10年後の大学院のビジョンとして、
高度な専門性と文理融合・分野横断の学際的環境のもと、
「総合知」を創出する教育と社会共創事業、産学連携の場を活用した実践型大学院教育によって、
複合的社会課題を解決できる「博士イノベーター」を養成。大学院教育拠点を形成し、
博士の学位取得者の増加を図る。事業のビジョンやそれを実現するための戦略、取組内容を紹介する。
※この記事は、2026年5月発行の新潟大学季刊広報誌「六花」第56号に掲載したものです。

事業採択の背景と博士教育の現状
画像引用:新潟大学FLAGs Webサイトより
FLAGs(フラッグス)とは、文部科学省の令和7年度「未来を先導する世界トップレベルの大学院教育拠点創出事業」の略称。新潟大学は「グローバル社会を牽引する博士イノベーター育成大学院拠点」という事業名で同事業の総合型に採択された。本事業を通じて、徹底した国際拠点形成と産学連携教育による大学院の抜本的な改革、博士教育の強化を進めていく。分野を越え、社会と共に課題を定義し、その解決を主導できる人材を育てることは、これからの大学に不可欠な使命。新潟大学は学問の枠を越えて人と社会に寄り添い、未来を切り拓く知を創出し、その成果を社会の中に着実に実装していく。担当の末吉 邦 特命理事と本田 明治副学長に聞いた。
「国がFLAGs事業を推進する背景には、日本の社会や大学が抱える課題があります。まずは、日本における博士号取得者の伸び悩みです。米国、英国、韓国などの諸外国では人口100万人当たりの博士号取得者数が大きく増加しているのに対し、日本は過去20年ほど横ばいで推移しており、国際的な競争力の維持・向上のために高度な博士人材の育成が不可欠です」(末吉)
次に、社会課題の複雑化と「総合知」の必要性だ。気候変動や食料問題といったグローバルな課題に加え、日本では超高齢化、地方からの人口流出、産業競争力の低下といった課題が山積している。これらの複雑化した課題は単一の「専門知」だけでは解決が難しく、文理の壁を超えた「総合知」を持つ人材が求められている。
さらに、産業界のニーズと日本社会の認識のズレがある。グローバルに展開する企業では博士号の取得が重視されているが、日本社会では未だに「博士=アカデミア(研究者)」という認識が根強く、社会側が博士人材の活かし方を十分に理解していない。このようなキャリアの不透明さや、経済的な不安、周囲の就職への同調などから、日本では修士課程から博士課程への進学率が低い状況にある。
「新潟大学においても、博士課程の定員充足率が上がらず、厳しい状況が続いていたという課題がありました。しかし、2020年度にPhDリクルート室を設置し、博士課程の学生を産業界へ送り出す支援に力を注いできたことで、状況は徐々に変化しています。2022年度には大学院教育支援機構を立ち上げ、全学を挙げて大学院教育を強化する体制を整えました。こうした一連の流れを経て、2026年度からは新しい総合学術研究科がスタートします。今回のFLAGs事業採択は、これまでの改革の積み重ねがあったからこそ実現したもの。また、研究力強化プロジェクトであるJ-PEAKSへの採択も追い風となりました。大学院生、特に博士課程の学生を増やすことは、本学が研究大学として成長するために不可欠な要素となっています」(末吉)
特命理事(FLAGs担当)末吉 邦
副学長(大学院担当)本田 明治複雑化する社会課題の解決には文理の壁を越えた「総合知」を持つ人材が求められている
10年後のビジョンと「博士イノベーター」の育成
画像引用:新潟大学FLAGs Webサイトより
新潟大学の大学院はFLAGs事業を通し、10年後のビジョンとして「グローバルとローカルが融合する未来社会の創生」を掲げた。その中核となるのは、「博士イノベーター」と呼ばれる人材の育成だ。高度な専門性に加え、文理の壁を超えた「総合知」と「実践力」を備え、従来の専門知だけでは解決できない複雑な社会課題に対応できる高度専門人材を指す。
「博士イノベーターは、アカデミアの世界に留まらず、企業、自治体、国際機関など、地域や世界のあらゆる舞台で変化を起こせる人材のこと。アントレプレナーシップを持ち、総合知と実践力、社会活躍経験を備えていることが要件だと考えています」(末吉)
「かつての博士は、専門性をそのまま活かすことが主流でしたが、これからは専門力を異なる分野へ応用できる力が重要になります。これこそがイノベーションを起こす源泉です。特に新潟大学としては、地域でリーダーとして活躍できる博士人材を一定数輩出していきたいと考えています。博士人材が地域に残り、リーダーとして課題を解決していく姿を見せることができれば、『新潟ロールモデル』として全国に展開できるはずです」(本田)
専門力を異なる分野へ応用できる力がイノベーションを起こす源泉に
新潟の強みを活かしたオリジナルプログラム
新潟大学は、博士イノベーターを育成・輩出するために、以下の3つの戦略を挙げた。
1つ目は、高度な「総合知」を涵養する学際教育の推進だ。2026年度に人文社会科学系と自然科学系の研究科を統合し、文理融合・学際型へと大学院を改組。新設される総合学術研究科では、新潟の強みを活かしたオリジナルのプログラムを立ち上げている。「日本酒学」や「フィールド科学」、「アニメ・映像資源学」、「ひと脳・健康科学」などは新潟大学にしかない特色ある分野だ。
「特にフィールド科学や日本酒学は、単なる分野横断に留まりません。自然科学の視点だけでなく、人文社会科学系の知見も取り入れ、地域をトータルで捉える文理融合の場です。例えば日本酒学センターには全10学部から教員が参加しており、醸造の技術だけでなく、地域学、健康、産業といった多角的な視点で研究が進められています」(本田)
また、学生が異なる分野のラボに短期留学できる「マルチラボシステム」や、アントレプレナーシップ教育も展開する。
ローカルでの課題解決をグローバルな社会実装へ
画像引用:新潟大学FLAGs Webサイトより
2つ目は、グローバル共創の現場を活用した実践教育だ。大学内にとどまらず、地元企業や自治体と連携した組織型の地域連携プロジェクト(共創IP)や、インド、ベトナム、フランスなどの大学と設置する国際共同運用ラボを活用し、社会実装の現場で実践的な教育を行う。
「大学が先導し地元企業や自治体が参加する共創IPと呼ばれるプロジェクトは、大学の知と地域のニーズを結びつけるもので、大学院生が実際に参画し、複合的な課題の解決に取り組む教育の場として機能しています。『食のおいしさ』を科学的に評価・データ化し、新潟発の新しいサービスや価値を開発・実証する「おいしさDX共創IP」など、現在8つのプロジェクトが進行しており、今後も拡大予定です」(本田)
このような地域と大学の組織型共創プロジェクトで蓄積したノウハウは、国際拠点である国際共同運用ラボにも展開。ローカルな課題解決の経験をグローバルな社会へ実装する「グローバルイノベーション実践教育」へと繋げていく。
地域・世界に多様な支援とキャリアパスを展開
3つ目は優秀な学生の獲得と社会活躍の徹底だ。「PhDリクルート室」などを通じて、学生のキャリアパスを支援する他、研究奨励金による経済的支援や、最短で学部から修士まで5年、博士まで7年で修了できる「短期修了制度」などを導入し、意欲ある学生の獲得を目指す。
「海外から来た留学生が日本で博士号を取得し、そのまま日本で起業したり企業に勤めたりして定着してもらうことも目指しています。食や環境といったトップレベルの資源がある新潟を学問の拠点にすることで、若い研究者たちが『新潟にいたい』と思える環境を構築していきたいと考えています」(本田)
新たな専門人材によるサポート体制
これらの戦略を持続可能なものにするため、新たに配置されたのが高度専門人材職のUA(ユニバーシティ・アドミニストレーター)だ。UAは、研究・教育・イノベーションを経営的な観点で推進し、企業ニーズとのマッチングや外部資金の獲得、事業プロセスの管理などを担う。産学連携による収益化を通じて、FLAGs事業の自立・自走化を目指している。
研究大学としての決意と未来への展望
画像引用:新潟大学FLAGs Webサイトより
このような徹底した産学連携教育を通じて、新潟大学は学生に社会の現場で実践的な経験を積む機会を提供し、真の「総合知」と「実践力」を備えた博士イノベーターを育成する。10年後の2035年までに、博士後期課程の入学者数を現在の3倍にあたる600人規模に増加させることを目指している。調査の結果、新潟大学は規模の割に博士課程の学生数が少ないことが判明。これは裏を返せば、まだ十分に伸ばせるポテンシャルがあるということだ。増加させる博士のうち、約半分を学部からの進学生、3割を留学生、2割を社会人学生と想定し、特に学部からの進学生の数を増やすことに意欲的に取り組む。
「新潟大学が研究大学であり続けるためには、博士課程の学生が活き活きと活躍していることが絶対条件です。世界レベルの研究大学は、例外なく大学院生の比率が高いという特徴があります。私たちは、この事業を通じて大学のあり方そのものを変えていく覚悟です。自分の研究が社会実装される過程を目の当たりにすれば、学生のモチベーションは飛躍的に高まります。自治体や企業との連携の中で、自分の力がどう世の中に役立つのかを肌で感じてほしい。新潟大学は、地方における『知の中核』としての責務を負っています。研究力の強化と社会実践、この両輪を回すことで、新潟大学をイノベーターが集う拠点にしていきたいと考えています」(末吉)
※記事の内容、プロフィール等は2026年5月時点のものです。
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この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第56号にも掲載されています。


