
最も人命を奪ってきた・いる『結核菌』のこと
人類史上、結核は最多の人命を奪ってきました。10億人という途方もない数の人がこれまでに犠牲になりました。結核菌に感染していなければ、生を全う出来たのにと、呆然となります。現在はどうでしょうか。COVID-19 のパンデミックは世界を揺るがしましたが、WHOの最新の報告では、結核による死亡者数はCOVID-19やAIDSのそれを上回っています。COVID-19のパンデミックは終息しましたが、結核のパンデミックは続いているとも言えます。ちなみに結核菌の次に人を多く殺したのは天然痘ウイルスです。しかし天然痘は、ソマリアでの最後の患者発生をもって制圧されました。結核カリエスはエジプトのミイラにも認められます。結核の問題はなぜ、これほど長く続いているのでしょう。
大きな理由の一つに、「ゆっくりした生き方」、それに因む「しぶとさ」が在ります。人間社会では「出る杭は打たれる」と言いますが、結核菌はゆっくりしていて、日頃はほとんど目立ちませんから、打たれることがありません。しかし実際には20億人ほどの人に静かに感染しています。感染者が弱ってくると、何故か増え始め、病気を起こして飛び出し、次の人に移っていきます。まるで見切っているようです。こんなことは天然痘ウイルスにはできませんでした。感染するとどんどん病気を起こして目立ち、結局ワクチンも加わって打たれました。一方でSARS-CoV-2は、少し潜伏できます。HIVはもっと長く潜伏できます。だからかなり厄介です。
でもなぜ多くの感染者は、結核を発症しないのでしょう? それは結核菌が増殖を止めて眠っているからです。これを「休眠」(Dormancy)と呼びます。植物の種を連想すればよいでしょう。新潟県十日町市では夏に、2千年前の地層から見つかった種から育った、見事な蓮の花を観ることができます。結核菌もそれに負けず、しぶとく生き続けることができます。眠ると薬剤が阻害する代謝が止まるので、薬も効きづらくなります。発症に伴い増殖しても結核菌は頻繁に眠ります。ですから今でも結核の治療は半年もかかります。インフルエンザに罹患してタミフルを2週間飲むとは大違いです。
この休眠現象は、よく考えると不思議です。なぜなら、殆どの細胞は、増殖を止めると老化して次第に死んでいくからです。一方で休眠した結核菌は死ににくい。なぜ生き続けられるのかを皆が知りたいと思っています。私達の一つの研究成果として、結核菌のある蛋白質が、単独で休眠を誘導できることを見つけました。そのメカニズムを西山晃史先生(大学院医歯保健学研究科 細菌学分野 講師)達が解析してみると、驚くほど単純な、しかし新規の興味深いものでした。DNAをハエ取り紙のように、からめとり凝集させて生命現象を止めることが分かりました。「休眠」の仕組みをしっかりと理解し、それを阻止する方法を考案して、結核を早く、確実に、制圧できないかと私達は考えています。
一方で休眠の仕組みが分かれば、人の長寿のヒントにもなると思われます。実際に、人の長寿研究の成果と結核の休眠の仕組みは、多くの共通点があります。「ゆっくり」もその一つです。ゆっくり増える生き物は、人を含め寿命が長いことが分かっています。結核菌の「ゆっくり」は、病原体を長く生かし、研究者にとっても成果が出るのが遅れ悩みの種ですが、「病原体の王者」ともいえる結核菌、王者を倒す必要がありますし、王者から学ぶことも沢山あります。
休眠した結核菌
酸素が増殖に必要な結核菌は、低酸素下で休眠します(図)。
生体では細胞内や、免疫細胞の集積で低酸素や低栄養環境が生じ休眠が誘導されます。
休眠した菌の表面は、つるつると元気な様ですが、増殖はしないので、分裂痕は無くなっています(図)。
プロフィール

松本壮吉
長崎県出身。博士(医学)、(歯学)。専門は結核・抗酸菌症・難病の制圧研究。細菌の休眠現象から長生きを探る研究。大阪公立大学、アイルランガ大学、北海道大学客員教授。日米医学協力計画・抗酸菌症部会長。
※記事の内容、プロフィール等は2026年5月当時のものです。
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掲載誌

この記事は、新潟大学季刊広報誌「六花」第56号にも掲載されています。


