
授乳をすると、身体はどう変わる?その先にある女性の健康を見据えて
授乳をすると母体のからだはどう変化する?
「赤ちゃんに母乳をあげると、なんだか疲れるような感覚がある。」という助産師としての臨床経験や私自身の育児経験から、“授乳をすると母体の血糖値が変化し、それが疲労感と関係しているのでは?”と考えたことが、この研究の始まりです。授乳は1日約500kcalものエネルギーが必要とされています。また、母乳をつくるためには、母体の血液中のグルコースが使われます。では、赤ちゃんが母乳を飲んでいるまさにそのとき、母体のグルコース値はどうなっているのでしょうか?
そこで、私は持続血糖測定器を用いて、授乳前、授乳直後、そして授乳後30分後のグルコース値がどのように変化するのかを調べています。研究を始めてみると、授乳前から授乳後にかけてグルコース値が少しずつ低下していくことがみえてきました。これまで、授乳と血糖の関係についてはいくつかの研究がなされてきましたが、授乳前から授乳後の短時間のグルコース値変化については、十分に明らかになっていません。授乳によってグルコース値が低下するのであれば、授乳そのものが母体にとって自然な血糖降下作用をもつ可能性があります。一方で、産後は授乳だけでなく、慣れない育児や睡眠不足など、母親にとって疲れることの連続です。そのような産後の母親のからだに、授乳によるエネルギー消費やグルコース値の変化がどのように影響しているのかは、まだ十分に分かっていません。これらを明らかにすることは、母体の健康へのメリットを知るだけでなく、授乳中の適切な補食(内容・量)のあり方を考えることにもつながります。
母乳育児というと赤ちゃんにどのようなメリットがあるかという視点に注目が集まりがちですが、私は母乳をあげる側である母体にもっと目を向ける必要があると考えています。これまでの研究から、母乳育児は産後の母体の体重減少や、その後の糖尿病・心血管疾患などの慢性疾患、さらに一部の女性特有のがんの発症リスクとも関連することが報告されています。つまり授乳は赤ちゃんを育てるためだけではなく、母親自身のその後の健康ともつながっているといえます。だからこそ、「母乳育児をすべき」と考えるのではなく、授乳によって母体に何が起こるのかを科学的に明らかにすることが、それぞれの女性が自分に合った選択をするための一つの材料になるのではないかと考えています。
妊娠してからではなく、その前から
女性の健康を考えていくと、私の関心はさらに妊娠・出産の「前」にも広がっていきます。妊娠中の健康状態は、妊娠してから突然つくられるものではありません。その人が子どもの頃からどのように成長し、思春期を迎え、どのような健康状態で妊娠を迎えるのか、その長い時間のつながり、すなわちその人のライフコースが妊娠中の健康状態、そして出産、生まれた子どもへと連続していきます。そこで現在は、妊娠前のBody Mass Index(BMI)が周産期予後にどう関係しているか、出生時の体格が初経年齢など思春期の女性の健康に関わるかという研究にも取り組んでいます。授乳中の母体のグルコース値を測ることと、思春期の健康を考えること、一見すると別々の研究に見えるかもしれません。私の中では、どちらも“女性のからだを、人生の一時点だけでなく、つながりの中で考えたい”という一つの関心から生まれています。
妊娠する前も、妊娠中も、出産した後も
授乳によるからだの変化をみることから始まりました。その先にある女性の健康を見据えながら、女性が自分のからだを知り、より健康に過ごすために役立つ研究を、これからも続けていきたいと思っています。
プロフィール

柳生田 紀子
修士(保健学)。専門は母性看護学・助産学。新潟大学大学院保健学研究科博士前期課程修了後、総合周産期母子医療センターで助産師、内科で看護師として勤務。これらの臨床経験から、疾患をもつ女性の妊娠・出産や母乳育児に関心をもつ。2020年より新潟大学医学部保健学科看護学専攻助教。
※記事の内容、プロフィール等は2026年9月時点のものです。


