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おたまじゃくしの尾が縮む原因遺伝子を発見!

2009年10月13日 火曜日 研究

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※科学雑誌Newton(ニュートン)1月号122pライフサイエンス・ビューにも掲載されました。
理学部・生物学科の井筒ゆみ助教らの研究グループは、このほど、両生類のおたまじゃくしの尾が変態期に退縮する際に、原因となる遺伝子を同定することに成功。さらに、その遺伝子の役割を元に、これまでだれも考えつかなかった、尾が免疫から拒絶されて無くなるという新しい説を発表しました。
これは、両生類の変態の研究がなされてから、およそ100年ぶりの新説であり、「体を守る働き=生体防御*1」としてしか知られていなかった免疫の機能に加えて、「体を作る働き」という新たな機能を世界で初めて証明したものと高く評価されました。
この発表は、学術論文として米国科学アカデミー紀要(PNAS)インターネット版(10月13日付け)に掲載されました。
*1ウイルスなどの外来の敵(抗原)が生体内に侵略してきた時、これに対して免疫T細胞などが攻撃して体を守る働きを免疫の生体防御機構と呼ぶ。

学術論文名

「ケラチンたんぱく質オウロボロスは免疫系の抗原としてアフリカツメガエルの変態時の尾の退縮に働く」

研究概要

~研究の歴史~
おたまじゃくしの尾の消失は、甲状腺ホルモンによって誘導されることが一般に知られている。甲状腺とおたまじゃくしの尾の関係についての発見の歴史は古く、「外科的手術によって甲状腺を取り除いたおたまじゃくしの変態が止まる」、という1916年の米国サイエンス誌における報告に始まる。それ以降、甲状腺ホルモンの作用機序を中心に研究がなされ、ホルモン以外の要因について顧みられることはなかった。

~発見のきっかけ~
同グループの中心である井筒助教は、学生時代、Jストレイン*2 というカエルを使って、幼生(おたまじゃくし)から尾の皮膚を切り取り、成体(カエル)に移植した。通常、近交系の実験動物間での交換移植は可能である。しかし、移植された幼生の尾の皮膚は、遺伝的背景が全く同じ系統同士であるにも関わらず、成体から拒絶された。この実験をヒトにたとえると、凍結保存しておいた子供の頃の皮膚を、同じヒトに大人になってから移植すると拒絶されるのとある意味同義である。この結果から、「免疫系による拒絶が、おたまじゃくしの尾の退縮に関わっている」という仮説を立てた。
*2 Jストレインは、日本で系統化され、近交系が樹立されたため、ジャパンのイニシャルからJと名付けられている。近交系であるため、互いの交換移植が可能。成体同士の交換移植では拒絶は起こらない。

~新しい遺伝子~
同グループは、成体カエルの免疫細胞が非自己(=異物)として認識する幼生抗原タンパク質を同定した。それは至って簡単な方法で、成体のカエルに幼生皮膚を繰り返し移植することによって免疫する*3 というものだ。予想通り、成体のカエル体の中には幼生に反応する抗体が出来ていた。その抗体を使って、抗原タンパクをコードする遺伝子を単離・同定したところ、皮膚に発現している新規のケラチンであることが判った。
*3 通常、異物タンパク質が体にはいると、T細胞に抗原として認識される。次に、T細胞が同じタンパク抗原で免疫されたB細胞の活性化・分化をうながし、B細胞が異物タンパクに対する特異的な抗体を産生する。例えば、前年度にAソ連型インフルエンザに感染したヒトには、感染後に免疫系が働き、このインフルエンザウイルスに対する抗体が存在する。

~その遺伝子の働きとは?~
同グループは、遺伝子組み換えおたまじゃくしをつくり、新規のケラチン遺伝子のつくるタンパク質の発現を抑制したところ、そのおたまじゃくしは尾が残ったままカエルになった(図1参照)。逆に、この遺伝子を過剰に発現させると、本来尾が縮まない若い時期のおたまじゃくしにおいて、尾だけが劇的に消失した。
これらの機能から、同研究チームは、発見した遺伝子に、己の尾を食らう空想上の生き物という意味のギリシャ語のouroboros(オウロボロス)と名前を付けた(図2参照)。オウロボロスは、尾をくわえて丸くなる形から無限大のシンボルの語源としても知られる。オウロボロスには2種類あり、それぞれOuro1、Ouro2と名付けたが、尾を壊すには、これら二つの遺伝子がそろわないと機能しないことも判明した。Ouro1とOuro2は、二つともおたまじゃくしの尾が退縮する時に尾に発現する(図3参照)。

研究の意義

これらの結果から、同グループは両生類の変態の研究に対して科学史上約100年ぶりに新たなメカニズムを提唱した。その仕組みとは、成体化しつつあるカエル免疫系が、おたまじゃくしの尻尾を拒絶するというものだ。この発見は、単におたまじゃくしの尾の退縮の機構を明らかにしただけでなく、免疫機能の新たな一面を解明した点でも注目される。これまで知られていなかった“免疫が器官発生においても働く”という機能を実験的に証明した世界で初めての報告となる。
今後詳しい分子メカニズムが明らかとなれば、体内に侵入したウイルスが除去されるのと同じような仕組みで、いらなくなった胎児 (幼生) 型の組織が、免疫系によって除去される分子機序が明らかとなる可能性がある。

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図1;上段;ケラチンタンパク質オウロボロスには、Ouro1と0uro2の2種類がある。2つとも変態期に限って発現する(橙色)。変態直前にいったん全身で弱く発現するが、徐々に増加して、尾が退縮する段階になるとピークに達し、尾に限局する。退縮している尾には免疫T細胞の集積が見られる(赤色)。中段;遺伝子組み換えツメガエルを作成し、尾が縮む前に、尾の一部に過剰発現をさせてやると(橙色)、そこだけ尾が壊れた。下段;逆に、発現を抑制してやると(水色)、尾が残ったままのカエルとなった。

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図2;ギリシャ語の己の尾を食らう動物オウロボロスの想像図。尾をくわえた形は、無限大のシンボル(∞)としても有名(東京大学総合研究博物館より引用)。

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図3;ホールマウント インサイチュ ハイブリダイゼーション(WISH)法による遺伝子の発現の検出。ツメガエルのアルビノ(白子)を用いているため、青く染まっているところが、ouro1遺伝子が発現している部位。変態最盛期の尾が退縮しはじめの時期に、尾に限局して発現していることがわかる。胴体や手足に発現は見られない。向かって右の指先に黒い部分が見えるが、染色ではなく爪。通常、爪は爬虫類以上の脊椎動物の四肢の指先にあるが、アフリカツメガエルの仲間には例外的に手足に爪があるので、ツメガエルと呼ばれる。

学術誌:『米国科学アカデミー紀要』とは?

米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:略称PNAS)は,1914年創刊の全米科学アカデミー発行の学術誌である。特に生物科学・医学の分野でインパクトの大きい論文が数多く発表され,総合学術雑誌として,ネイチャー、サイエンスと並び重要とされている(総引用回数第2位)。
米国科学アカデミーは,高いレベルの学問的業績を残した世界の研究者(米国2,100名;米国以外350名[日本在住の日本人学者30名を含む])が会員に選出さていれる。PNAS誌は投稿された論文が,アカデミー会員の高い学問的見地から見て世界的に紹介するインパクトが高いと判断された場合のみ掲載される。
一般に引用回数を数値化したものとして使われるインパクトファクターは 9.38 です。