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摂食嚥下障害の臨床への貢献は口腔から

季刊広報誌「六花」

井上 誠 教授

医歯学系(大学院医歯学総合研究科【歯】)

Profile

博士(歯学)。専門は、摂食嚥下リハビリテーション学分野。

医歯学系(大学院医歯学総合研究科【歯】)井上 誠 教授

人間なら誰もが関係する「口を起点とした食べること、飲み込むこと」の重要性

新潟県の要介護高齢者は全国平均よりも多く、約13万人。全国的な数字に目を向けると、要介護高齢者のうち、約20%が摂食嚥下(えんげ)障害と言われている。今後さらに高齢者が増え、介護の重要性が増していく現代社会の中で、非常に注目されている問題“摂食嚥下障害”について研究しているのが、井上誠教授。

 

海外の若手臨床家に向けた臨床教育
海外の若手臨床家に向けた臨床教育

「摂食嚥下障害とは、簡単にいえば、食べたり飲んだりする力が衰える問題のこと。脳卒中、口やのどの癌の他、高齢者がかかる多くの病気が摂食嚥下障害の原因となります。飲み込みの力が衰えて食べ物が誤って気管に落ち込むことで誤嚥性肺炎の原因となります」

全死亡疾患の順位は、一位ががん、二位が心臓病、そして三位が肺炎。肺炎で亡くなる人のうち、約90%が高齢者。うち80%が誤嚥性肺炎だという。
「摂食嚥下障害に対する第一選択はリハビリテーションです。多くの患者さんは完全な治癒が望めないため、残存した機能を生かした食べ方の指導をする、誤嚥や窒息を防ぐための食品形態の変更を行う、食事介助や食器具などを工夫するなどの環境整備を行うことなどが求められます。これまでは、摂食嚥下障害の患者さんに提供できるのはミキサー、ペースト、ムース、ゼリーといった一様な形状であまり噛まなくても丸呑みできるような食事が主体でした。しかし、私たちの研究が進んだ結果、歯や入れ歯を使って咀嚼(そしゃく)ができれば、硬い食品でも安全に食べられる可能性があることが分かってきました」

生命を保つために動物が食べ物を摂取しているのに対し、人間はそこに食を楽しむというエッセンスを加え、食事をしている。その“食べる楽しみ”を摂食嚥下障害の患者さんも維持できるとなれば、とても素晴らしいことだ。
「摂食嚥下障害の臨床は、30年ほど前にアメリカから輸入された考え方をベースとして広がってきましたが、咀嚼がもつ可能性は日本の歯科医療の中で浸透してきたものです。ミキサー食がゴールであったりする既存の知識に対抗して、食文化が多様化した今、どういうものなら自分で咀嚼して食べられるのかなど、科学としてもっと数多くのエビデンスを出していかなければならない。と同時に、社会に対する摂食嚥下障害の理解と周知活動に加えて、専門性をもった国内外のドクターの育成なども行っていかなければなりません」

老いや認知症だけではなく、脳梗塞や全身疾患の後遺症が原因となることもある摂食嚥下障害。人間ならば誰もが関係する「口を起点とした食べること、飲み込むことの重要性と可能性」に関する研究は、まだ始まったばかりだ。

 

摂食嚥下機能の生理記録
摂食嚥下機能の生理記録

 

六花 第34号(2020.AUTUMN)掲載

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