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脳深部の単一神経回路の可視化に成功しました-1細胞レベルで遺伝子を操作する方法を開発-

2020年12月09日 水曜日 研究成果

本学大学院医歯学総合研究科神経発達学分野の杉山清佳准教授、侯旭濱助教らの研究グループは、これまで技術的に難しいとされた、脳深部(注1)の単一神経細胞に遺伝子を導入する方法を開発しました。新たに開発した方法により、脳内の単一神経回路を見事に可視化することができます。同時に、こどもから成体の脳において、回路の情報伝達を担うシナプスを観察することや、回路を支える遺伝子の働きを解析することも可能です。

本研究成果のポイント

  • 脳深部の単一細胞において複数遺伝子の発現を操作する方法を開発
  • 脳深部の単一細胞が形成する神経回路を可視化することに成功
  • 脳の成長期に回路の情報伝達を支えるシナプスや遺伝子の解析が可能に

Ⅰ.研究の背景

脳深部(中脳、視床、大脳辺縁系など)は、複数の脳領域に情報を伝達し、脳の高次機能(注2)を支える大切な領域として知られています。一方、脳深部の神経細胞は非常に多様で、たとえ隣り合った細胞であっても属する回路が異なるなど、いまだに未同定の神経回路が存在すると推測されています。近年、脳の表面にある大脳皮質においては、顕微鏡で観察しながら単一神経細胞に遺伝子を導入し、細胞が織りなす回路を可視化する方法が確立されてきました。しかし、脳深部においては、顕微鏡での観察が技術的に難しく、単一神経細胞への遺伝子導入はもとより、単一回路を可視化する方法も確立されていませんでした。

Ⅱ.研究の概要

近年、脳の神経回路を網羅的に可視化することを目指したプロジェクトが、世界中で進んでいます。一方、網目状に絡まる回路網から、単一神経細胞によって形成される単一回路を同定することは容易ではありません。さらに、脳深部の神経回路は脳の高次機能に大切であるにもかかわらず、1細胞レベルでの観察を可能にする技術の開発は遅れています。そこで今回、脳深部の単一神経細胞に遺伝子を導入し、単一回路の可視化および1細胞レベルの解析を同時に行える方法を開発しました。新たに開発した方法により、海外研究者からgorgeous(ゴージャス)と評されるような、脳の複数領域をまたぐ単一回路の見事な可視化(図1)を実現させました。さらに、新たな方法は幼若動物から成体動物まで広く適用できることから、動物の行動にともなう脳深部の神経回路の働きを解析するための、画期的なツールになると期待されます。

図1:脳深部の単一神経回路の可視化
図1:脳深部の単一神経回路の可視化
1つの視床細胞(LPLR)から複数の脳領域に(線条体CPu、 大脳視覚野V1&V2)情報が伝達
図2:視床から大脳視覚野に伸びる単一神経回路とシナプスの可視化
図2:視床(LPLR)から大脳視覚野(V2)に伸びる単一神経回路(緑、GFP)とシナプス(赤、VAMP2)の可視化

Ⅲ.研究の成果

脳深部における1細胞レベルでの遺伝子導入法(注3)の確立は、多くの研究者によって求められ、開発が重ねられてきました。現在までの提案の多くは、単一細胞にガラス電極を近づけて電圧をかける伝統的な手法(juxtacellular labeling)を基本とし、成功率は約3割に留まります。今回我々は、胎児への遺伝子導入法(in utero electroporation)を生後に応用しました。細胞にガラス電極を近づける代わりに、細胞周囲に遺伝子溶液を注入して電圧をかけることで、遺伝子導入の成功率を8割以上に向上させました。高い成功率は、新たなツールとして普及するために最大の強みになります。加えて、従来と比べても、開発した方法は簡単な装置のみで行うことができ、専門的な技術や時間を要さないことが大きな利点として評価されています。 
新たな単一細胞への遺伝子導入法(in vivo single-cell electroporation)は、脳深部の細胞に対して最も有効です。従来のウイルスによる遺伝子導入法と異なり、単一細胞に複数の遺伝子を同時に導入することが可能なため、単一細胞の可視化と遺伝子解析を同時に行うことができます。そのため、1細胞レベルでのシナプスの観察(図2)や遺伝子の解析、単一回路の活動を操作して機能を解析するなど、形態・遺伝子・機能の側面から様々な研究が可能になります。新たなツールにより回路を的確に捉えることで、動物の行動と脳深部の神経回路の連携を観察できると期待されます。

Ⅳ.今後の展開

脳の神経回路のつながりを視覚的に観察することは、脳のしくみを知る上で必須です。反面、複雑に絡みあう神経回路網の中から、どのように回路のつながりを見つけ出すのか、技術的な難しさに直面します。その点で、単一神経回路を可視化する新たなツールは、回路を知るための早道を提供すると考えられます。今回、開発した遺伝子操作法を用いることで、シナプスを経由して移動するタンパク質を、単一神経回路に導入することが可能になりました。これらのタンパク質を追跡することにより、単一回路からシナプスを経由してつながる他の回路を発見することができると考えられます。また、回路の活動に応じて移動するタンパク質も知られており、単一回路の活動が他の回路に与える影響を観察することも可能です。脳内には、いまだに謎の神経細胞・神経回路がたくさんあります。本研究が提案する、単一神経細胞の回路を効果的に可視化する技術は、脳深部の回路マップの作成に貢献すると期待されます。

Ⅴ.研究成果の公表

これらの研究成果は、2020年11月19日、Frontiers in Neural Circuits誌に掲載されました。
【論文タイトル】Single-Cell Visualization Deep in Brain Structures by Gene Transfer(遺伝子導入法による脳深部の単一神経細胞の可視化)
【著者】Sayaka Sugiyama*, Junko Sugi, Tomoya Iijima and Xubin Hou (杉山清佳、杉順子、飯島友也、侯旭濱)
【doi】10.3389/fncir.2020.586043

用語解説

(注1)脳深部:
脳の奥深くに位置し、観察や処置が難しい脳部位。中脳、視床、視床下部、大脳辺縁系などが含まれる。知覚や運動指令の中継(中脳、視床)、体のリズムの形成(視床下部)、心のバランスの安定(中脳)、記憶や感情の形成(大脳辺縁系)に関与する。脳の表面に位置する大脳皮質(知覚や運動、認知をになう)に、多くの情報を同時に伝達するため、高次機能に関与すると考えられる。

(注2)高次機能:
脳の高度な機能。知覚、記憶、学習、思考、判断など、周囲の環境に対する「認知の機能」と、認知にともなう感情や行動を含めた「社会的な行動のための機能」をいう。ヒトの日常生活には、さまざまな経験・知識に基づいた認知や、感情をコントロールした行動が必要となる。そのため高次機能に問題が生じると、社会生活に支障をきたす(高次機能障害)。

(注3)遺伝子導入法:
細胞内で、目的の遺伝子の発現(タンパク質の生成)を操作する方法。毒性のないウイルスを細胞に感染させて遺伝子発現を操作する方法もあるが、本研究では細胞を覆う膜(細胞膜)に電気で小さな穴をあけ、遺伝子を導入する方法を使用した。

本件に関するお問い合わせ先

大学院医歯学総合研究科神経発達学分野
准教授 杉山 清佳
E-mail:sugiyama@med.niigata-u.ac.jp

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