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ルイ・パスツールもきっと驚く!?左右を選別するナノ光ピンセットによるキラル結晶化制御の可能性を示唆

2025年06月13日 金曜日 研究成果

発表のポイント

  • 誘電体メタ表面注1)でのキラルな光場の励振に伴い発生するキラル選択的な光学力注2)が、キラル結晶の核形成注3)に影響を及ぼす可能性が示唆されました。
  • フランスの細菌学者ルイ・パスツールがキラリティ科学を創出した経緯であるピンセットによるキラル結晶選別と類似した、光のピンセットによるキラルナノ結晶選別の可能性を示す成果です。

概要

キラリティという、右手と左手の関係のように鏡合わせの構造同士が異なる性質は、自然界に普遍的に存在し、生命の起源、創薬やスピントロニクス注4)とも関わる重要な性質です。
東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教と中川勝教授らの研究グループはこれまでに、円偏光注5)照射によりMie共鳴注6)の励振された誘電体メタ表面上で水溶液からのキラル結晶化注7)を誘起すると、円偏光のみの場合よりも結晶の利き手が大きく偏る現象を発見していました(文末の過去のプレスリリース参照)。
今回、研究グループは電磁場解析により、キラルな光場の励振に伴い結晶化前のキラル結晶クラスターに働く鏡像体選択的な光学力の大きさが、結晶核形成に有意な影響を及ぼす可能性があることを明らかにしました。キラリティ科学は、1848年にルイ・パスツールがワインの樽に析出した酒石酸塩結晶に2種類の形があることに気づき、それらをルーペで拡大しながらピンセットで選別したことから始まりました。本成果は、キラルナノ結晶を光のピンセットで選別した可能性を示すものです(図1)。
本成果は、米化学会の科学誌The Journal of Physical Chemistry C に 6月10日(米国太平洋標準時間)付でオンライン掲載されました。
なお本成果は本学大学院自然科学研究科の後藤和泰准教授、名古屋大学未来材料・システム研究所の田川美穂教授、大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、埼玉大学大学院理工学研究科の川村隆三准教授らとの共同研究によるものです。


図1. 本研究により示唆された光学キラリティ増強が近接場で期待されるMie共鳴Siナノ構造体上でのキラル結晶化においてキラリティが偏る機構の概要図。ルイ・パスツールは、ワインの樽に析出した酒石酸塩結晶には2種の外形が混在していることに気が付き、ピンセットでその2種を選別し、キラリティ科学を創出した。本研究の解析は、光学キラリティの空間勾配の存在によってキラル結晶クラスターに鏡像異性体選択的な光学力が働くことで、キラル結晶化にキラリティの偏りが生じたことを示唆する。パスツールによるピンセットを用いた巨視的なキラル結晶の選別に対し、本研究は、キラルナノ結晶クラスターの光ピンセットを用いた選別を示唆する。

【用語解説】

注1)誘電体メタ表面
メタ表面とは、微細加工技術などによって人工的に作製された疑二次元ナノ構造配列体により、自然界の物質では見られない光学特性が付与された表面である。特にナノ構造体の材料に誘電体を用いたメタ表面を誘電体メタ表面と呼ぶ。これまでに、金属ナノ構造体への光照射により励振する表面プラズモン共鳴の光学特性を利用したメタ表面が広く知られるようになった一方で、近年、誘電体ナノ構造の多様な光共鳴現象を活用することでメタ表面の光学特性の多様性を拡張する研究が注目されている。

注2)光学力
物質が光から受ける力の総称を指す。物質に光が照射されると、光の電場により電子が動かされるため、物質内では電荷の偏り、すなわち分極が生じる。電子過剰により負に帯電した部分と電子欠乏により正に帯電した部分は、電場によって互い逆向きの力を受け、それらの力は互いに相殺されるが、例えば、電場の強さに空間的な偏りがあると相殺されない力が残り、この力が物質を動かす力となる。そのため、光学力によって物質を操作することが可能である。

注3)核形成
結晶化の最初の過程を指す。結晶化の前段階では、母相中の分子が集合しクラスターを形成する。一方で、クラスター形成に伴い界面が形成される。界面の存在はエネルギー的に不利となるため、系は界面を無くそうとする。その結果、クラスターを消滅させようとする作用が生じる。結果、結晶化前の母相中では、クラスターの生成と消滅が繰り返されていると考えられている。一方で、クラスターがある臨界サイズに到達すると、界面によるエネルギー不利に打ち勝つような、クラスターを安定化させる作用が働き、結晶形成に至る。クラスターがこの臨界サイズに到達し、安定化する過程を核形成と言う。

注4)スピントロニクス
固体中の電子が持つ電荷だけでなくスピンの自由度も併せて工学的に応用する分野のことを指す。固体中の電子はマイナスの電荷を持つ。電荷のマイナスとプラスの自由度を情報として活用するのがエレクトロニクスである。一方で、電子には電荷だけではなく、スピンと呼ばれる性質を持つ。スピンは、電子の自転に例えられる性質で、回転の方向には左回りと右回りに対応する自由度がある。この自由度を、電荷のプラスとマイナスのように情報として活用することができる。スピンとエレクトロニクスを組み合わせた造語がスピントロニクスである。

注5)円偏光
光は電磁場であり、電場と磁場が互いに誘起しあいながら存在する。電場には方向があるため、電場のベクトルを定義することができる。電場ベクトルが直線上で振動している光は、直線偏光と呼ばれる。一方で、電場ベクトルが回転して振動している光を円偏光と呼ぶ。回転の方向に左回りと右回りが存在するため、円偏光はキラリティを持つ。

注6)Mie共鳴
誘電体ナノ粒子やナノ構造体へ光を照射した際に粒子内部で起こる光共鳴現象を指す。高屈折率誘電体に照射された光は、その屈折率のため実効的な波長が短くなり、誘電体のサイズがその短くなった波長と同程度の大きさである場合、誘電体内部で光の共鳴が起きる。この現象をMie共鳴と呼ぶ。

注7)キラル結晶化
キラリティを持たない(アキラルな)分子が結晶構造にキラリティを持つ結晶へと結晶化する現象を指す。キラリティとは、鏡合わせの関係にある2つの構造が異なる性質のことを指す。キラリティがあることをキラルといい、キラルな構造の代表例は人間の手の形がある。右手の形を鏡に映すと左手の形になり、これら鏡像体の形は異なるため、手の形にはキラリティがあると言える。キラルな物質には、同じ物質でも右手型と左手型に対応する異なる構造が存在する。キラルな物質の左右を表現するため“利き手”という言葉がしばしば用いられる。一方で、例えば、球を鏡に映した形は球であり、球の鏡像体同士は同じ形を示すため、球にはキラリティが無いことになる。キラリティが無いことをアキラルという。人間の手の形の他に、キラリティがある構造の例として、右巻きと左巻きが存在するらせん構造が挙げられる。キラル結晶化は、結晶化に伴い自発的にキラリティ対称性の破れが起こる現象の一つであるため、ホモキラリティ問題の観点から広く興味が持たれている現象である。また、静置された水溶液を蒸発させるなどの一般的な結晶化法によりキラル結晶化を誘起すると、結果晶出するキラル結晶の右手型と左手型は同数である一方で、溶液を攪拌しながらキラル結晶化を誘起すると、晶出する結晶のほぼ全てがどちらか片方の利き手のみになる現象が知られている。晶出する結晶の利き手に偏りを誘起する因子の探索研究が数多く行われている。

研究内容の詳細

ルイ・パスツールもきっと驚く!?左右を選別するナノ光ピンセットによるキラル結晶化制御の可能性を示唆(PDF:1MB)

論文情報

【掲載誌】The Journal of Physical Chemistry C
【論文タイトル】Enantioselective Optical Force as a Potential Cause of Large Chiral Bias in Chiral Crystallization on a Mie-Resonant Metasurface
【著者】Hiromasa Niinomi*, Kazuhiro Gotoh, Naoki Takano, Miho Tagawa, Iori Morita, Akiko Onuma, Hiroshi Y. Yoshikawa, Ryuzo Kawamura, Tomoya Oshikiri, and Masaru Nakagawa
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 助教 新家寛正
【doi】10.1021/acs.jpcc.5c01253

過去のプレスリリース

誘電体メタ表面のナノ領域で発生する光が結晶のキラリティ制御に有効であることを実証 | 研究成果 | ニュース-新潟大学

本件に関するお問い合わせ先

広報事務室
E-mail pr-office@adm.niigata-u.ac.jp

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